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王子様×掟×帰る方法
風呂場では落ち着いて話ができなかったので場所を変えて、俺がどうやってこの世界に来たのかを説明した。
「引きこんだ側に水の精霊が含まれているのなら、結界が役に立たないのも当然か」
もともとが水の精霊に力を借りた結界なのだからと、王子様は濡れた髪を拭いながら苦々しくつぶやく。
「俺がちがう世界から来たっていう話――信じてくれたの?」
普通は、異世界から来たなんて言われても“へーそうなんだ”なんて、かんたんには納得しないと思うんだけど。
それに王子様は俺のことをあんなに不審者扱いしていたんだ。警戒心の強そうなこの男が、水の微精霊に言われたくらいで易々と信じるなんてとても思えない。
そう思って問いかけると、思案するように視線を上に向けていた王子様がこちらを見た。
「水の微精霊 がそう言うならそうなのだろう。疑う理由がない」
返答にはなんの迷いもなかった。
「……そうなんだ。王子様は、水の微精霊のことをとても信頼してるんだな」
「精霊は純粋な生き物だ、人などよりよほど信頼できる。それよりもお前はこれからどうするつもりだ」
問われて、俺は少しだけ考える。
「俺は、もとの世界へ帰りたい。水の微精霊が俺をこっちに連れてきたってことは、水の微精霊に頼めば帰してもらえるのかな」
「……微精霊の能力は微々たるものだ。あれも水の精霊と雷の精霊の力を借りたと話していたし、少なくとも両方の協力が必要だろうな。だが、水の微精霊はお前を帰したくないようだから、微精霊経由で話を通すことは難しいと思うが」
「で、でもさ! 水の微精霊が俺をこっちに連れてきた理由って王子様の嫁にするためなんだろ? 王子様がイヤだって伝えたら微精霊も納得してくれるんじゃないの? 王子様だって俺と結婚なんてしたくないだろ?」
俺の問いに、王子様はこちらの頭のてっぺんから爪先までを見おろして、考えるように顎に手を添える。
「確かに、趣味ではないが」
微妙な顔でハッキリと好みではないと言いきる王子様に、もう少し包み隠せないのかと思ったけど、そこはまあいいや。
大事なのは王子様に俺と結婚する気があるのかないのか、それだけ。
その点で王子様のノーという答えは予想どおりのものだった。俺は男だし、見ためだって悪くはないけど良くもない。結婚したい要素がないんだから当然だろう。むしろ、好みだと言われた方が困るところだった。
「だよな」
腕を組んでうんうんと頷く。俺がいない方が王子様も都合がいいだろう、そういうことで水の微精霊の説得に力を貸してくれないかと続けようとした。
けれどその前に、王子様からとんでもない内容を告げられる。
「趣味ではないが、結婚はしよう」
「はい!?」
ぎょっとして目を剥く俺に、王子様は冷静に続けた。
「掟は絶対だ。お前は知らないだろうが、我が王家には互いに肌を晒し合ったものは必ず婚姻関係を結ばなければならないという掟がある」
まさか圭太に聞いて知っているとは言えない。
「どういう状況であれ私たちが肌を晒し合ったのは事実だ。帰る、帰らないに拘わらずお前には私の伴侶になってもらう」
「……うっそぉ……」
王子様から聞かされた内容に、俺はそれしか言えなかった。いくらなんでも結婚する展開はないと信じていたのだ。
「む、ムリだよ……俺好きなやつがいるんだ。他のやつと結婚するなんて考えらんない」
「そうか」
泣きそうになりながら訴えると、王子様は拍子抜けするほどあっさりと頷いた。
え。え? さっき掟は絶対とか言っていたけど、そんなあっさり引いちゃうの? もしかして、掟は絶対だけど他に好きなやつがいる相手と結婚するのは嫌だとかそういう感じ?
戸惑っているあいだに王子様は結婚の話はきりあげて話題を別に移した。
「雷の精霊の居場所は分からないが、水の精霊なら水の神殿の最深部に住んでいる」
「じゃあそこに行けば水の精霊に会える?」
まさかの情報に、俺は身を乗りだして王子様に尋ねた。水の微精霊を挟まなくても水の精霊と接触できるのなら話が早い。
「そうなるな。だが水の神殿の最深部は神官か王族しか立ち入ることが認められていないから、お前が水の精霊に会うことは難しいだろう」
「そ、そうなんだ……」
そう上手くはいかないよな。うーんどうしよう。俺が王子様と結婚して王族になるという手段はナシで、なにかいい方法はないだろうか。最悪、忍びこむしかないな。
「神官でも王族でもないお前が水の精霊に会える方法が、ないこともないが……」
「方法あるの!? なに?」
「近々私は水の神殿で水の精霊と儀式を行う。その際私の付き添いとしてなら神殿に入ることも許されるだろう。ただ、今のお前の状態ではとても儀式を手伝わせることはできないが」
「! やる。俺がんばるから、その精霊の儀式を手伝わせてください。お願いします」
このチャンスを逃したらもう帰れないかもしれない。そう思って王子様に必死に頼みこんだ。頭を下げてお願いしていると頭上からため息が聴こえた。
「……足手まといになるようだったら使わない。それでいいのなら儀式に必要な知識をお前に教えてやらないでもない」
「本当!? ありがとう!」
ずっと怖い人だと思ってたけど、なんだかんだ言いながら助けてくれる王子様は意外にいい人なのかもしれない。
よし、精霊の儀式がんばるぞ。
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