王子様はスパルタだった。 　精霊の儀式に必要な作法は、他の誰でもない王子様自ら指導してくれて。儀式に必要な作法を歩き方からはじめ、お辞儀の仕方、声の出し方から話し方、細かいところまでいえば目線の配り方なんかまで叩きこまれた。 　言葉の鞭で。 「違うそうじゃない。もう一度はじめからやり直せ」 「そこはさっきも注意するよう言ったはずだが」 「ここまでもの覚えが悪いとは思わなかった。お前の頭の中は一体何が詰まっているんだ？」 「できないのならばできないなりの努力をしろ。やり直し」 　エトセトラ、エトセトラ。 　ひとつの動作を王子様が納得いくまで何度も何度も繰り返し行い、何時間もぶっとおしで練習をさせられる。 　体力の消耗はもちろんのこと精神的ダメージも半端ない。後半はもう抜け殻のようになっていた気がする。 　だけどおかげで、数日過ぎた頃には壊滅的だった神殿のお作法はだいぶ見られるようになった。王子様からするとまだまだみたいだけど、なんとか合格点をもらえたから今日の儀式には参加できる。やったー！ 　はじめはここまで厳しくする必要があるのかとぐったりしていたけれど、王子様が厳しくなるのはムリもなかった。 　なんとこの精霊の儀式、神殿の奥でひっそりと行われるのかと思っていたらとんでもなく、かなり大がかりな儀式らしい。 　王様にお妃様、王子様の兄弟にお城の重臣たち、あとは他国の偉い人も見にくるんだって！　国民も中には入れないけど遠くから見物することはできるようだ。 　水の精霊は精霊の中でもノワールの王族ととても深い関わりがあって、特に重要視されてるらしい。神殿も、水の神殿が国の中で一番大きいんだそうだ。 　今さらだけど俺が関わって大丈夫なのか不安になってきた。もし失敗したら、俺だけじゃなくて王子様まで笑い者になってしまう。責任重大だ。 　うう……このあとのことを考えるだけで、胃が気持ち悪い。 　でも帰るためにはやらないわけにはいかなくて、例え吐いても、ぶっ倒れそうになっても絶対やりとげてみせる。 　ひとりでそう決意していると部屋の扉が開いた。 「終わったか」 　現れたのはもちろん、王子様。 　不思議なことに王子様は王子様なんだけど基本的に身の回りのことは自分でこなしている。ちょこちょこ召し使いの人が現れるけど無表情で、さっと来てさっと去っていく。話も必要最低限だけで世間話をしているところは聞いたことがない。 　王子様も、召し使いの人もお互いに関わり合いになろうとしてない雰囲気だ。 　これって普通のことなのか？　俺が口出しすることじゃないんだろうけど、なんかモヤモヤする……。 「なんだ惚けて」 「あ、いや。王子様の格好がいつもとちがうから驚いてた」 　召し使いの人と仲悪いの？　なんて訊けるわけがなくて、いつもと雰囲気のちがう王子様について触れた。 　今朝まではいつも着てるシンプルな、とろみのあるワンピースをさらっと着て、上からこれまたシンプルな羽織をひっかけていた。 　で、今は白地に金色の細かい刺繍がほどこされたワンピース姿だ。腰回りにもなにやらたくさんの飾りがつけられている。 　王子様は目鼻立ちがはっきりしてるしスタイルもいいから、普段のシンプルな服も似合うけど、こういう華やかな服も似合う。あと、黒い肌に、白が映える。 　うーん、悔しいくらいに男前だ。 「ああ儀式用の正装だ。お前は清めを終えたのか？」 「うん済んだ」 　起きてすぐ、儀式のまえに身体を清めろといわれて冷水を被ってきた。ノワールの気候は特別寒くはないんだけど、冷たい水を浴びたいほど暑いわけでもなく。普通に寒かった。 　で、さっき戻ってきたわけなんだけど。 「ならば次はこれに着替えろ」 「……」 　渡されたのは、今王子様が着ているのと似たような服と装飾品なんだけど……えっと。 「これ、どうやって着たらいいの？」 　ワンピースは特殊な形をしていて、何本もある紐？　ベルト？　も、どういった順番でつけたらいいのか謎だ。ひとりで着れる気がまったくしなくてヘルプを出すと、王子様がため息をひとつ吐く。 「脱げ」 　俺は頷いて、言われるままポイポイと着ていたものを脱ぎ捨てた。直後、頭からさっきのワンピースを被せられる。そのあとはテキパキとした動作で仕上げられた。 「すごい。ありがとう」 　似合っているかはさて置き、格好自体はばっちりだ。 「ああ。では行くぞ」 「う、うん」 　いよいよ儀式がはじまるのか。 　長い通路を王子様の後ろについてとぼとぼ歩いてると、不意に王子様が振り返った。 「緊張しているのか」 「……してる。すんごい、してる」 「つけ焼き刃にしてはお前の出来は悪くない。集中さえすればことなく終われるだろう」 「集中……そう、だよな」 　はたしてできるだろうか。大勢を前にして練習のときのようにやれるか、自信がなかった。 「周りの目が気になるのか。ならば」 　王子様の手が伸びてきて、さらっと耳を撫でる。そのときに王子様がなにかつぶやくのを聞く。 「目を閉じろ」 「？」 　言われるまま瞼を下ろせば、今度はそこに王子様の大きな手のひらが触れる。そしてまた小さくなにかをつぶやく。なにを言っているのかはわからなかったけど、呪文のようだった。 「いいぞ。これで余計なものは聞こえないし、見えることもない」 「えっ」 　もしかして、今の魔法？　王子様、俺がちゃんと集中できるよう魔法をかけてくれたのか？ 　え！　すごい、すごい。 「ありがとう！」 　王子様の気遣いが嬉しくて破顔する。バカみたいにデカい声が出たせいか、王子様は驚いたように両目を見開いた。 「……」 「俺、頑張るから」 　教えてもらったことは絶対に失敗しない。続けてそう宣言すると、王子様の目が細められる。 「……ああ、そうだな。私も失敗をさせるつもりはない」 　その口元にゆったりと笑みを浮かべながら、王子様は断言した。 　――――いよいよ儀式だ。