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王子様×儀式×水の精霊

   王子様について城の外へ出ると、馬車が停まっていた。そこから十分ほどかけて水の神殿へ移動する。  神殿の前に着くと見物人だろうか、周辺にはたくさんの人が集まっていた。右を向いても左を向いても人、人、人だらけ。ただ、俺たちがいる場所からは少し距離があることが幸いだった。 「すごい……」 「立ち止まらず中へ入れ」  歩みを止めてその光景に圧倒されていると王子様にやんわりと背中を押される。そのまま先を促すように肩を抱かれて中へ誘導された。  神殿内へ一歩足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。中は外よりも少しだけ涼しくて空気が澄んでいる。  建物は青みがかった石でできていて、まるで深い海の底にでもいるかのようだ。さすがに精霊が住んでいるというだけあって、神聖な雰囲気だった。  入口から敷かれていた濃紺のカーペットの上をゆっくりと進む。歩き方は特に王子様に注意されたところだったから、まっすぐに背筋を伸ばし、爪先と踵にも意識を集中させて歩いた。  長い階段を上がって大きなアーチを潜ると、俺たちはそこで一旦立ち止まる。  アーチの先には大きな広間があって、そこには半円を描くようにステンドグラスがぐるりと聳えていた。青、赤、紫、黄色などの様々な色のガラスが光をうけて、薄暗い部屋を幻想的に彩っている。  広間の左右には他国からの賓客やノワールの重臣らしき人たちが立っていた。その一番奥には一際きらびやかな集団が見える。おそらく王子様の血縁者たちだ。  俺は何度も練習したとおりにお辞儀をすると足を踏みだし、先を行く王子様についていく。  たくさんの目が俺たちを見ていたけれど、不思議と圧迫感はなく、見られることに対してもなにも感じなかった。  ここで王子様がお客さんたちに儀礼的に声をかけるので、俺も倣って挨拶の言葉を口にする。王子様に何度もダメ出しされたところだったから気をつけながら、丁寧に話す。  それが終るとそのまま人のあいだを通り抜け、地下へ続く階段へと向かった。階段を下りたら水の精霊がいる場所まですぐだ。ここから先は俺と王子様、あとは水の精霊しかいない。  地下へと下りるとまっすぐ伸びる通路を進む。  奥へ進むにつれて空気がしっとりと水分を含んだものになってくる。それと、なにか音が聴こえてくる。こう、勢いよく水が流れ落ちているようなそんな感じの音が……。 「……っゎ」  神殿の一番奥の部屋にたどり着くと、そこには予想外のものがあった。  滝だ。建物の中だというのに見上げるほど大きな滝があった。  水の神殿の最深部は、大部分が水で占められていた。滝の前にある祭壇へ行くために申し訳程度に道があるくらいで、それ以外は全部水だ。  俺たちは最終目的地である祭壇に向かってそのまま歩みを進める。  祭壇までたどり着くと、王子様は水面に向かって小さな青い石を投げ入れた。  すると、目の前に広がっていた水面がゆうらりと揺れて、突然一本の水柱が上がる。吹き上げられた水は天井につく前に四方へ飛び散り、パラパラと辺りに降りそそぐ。  水の粒を肌に感じながら、俺の視線はある一点に釘づけになっていた。  水柱が上がったあたりにボンヤリと浮かぶ、淡い光を放つ球体。それはふわりと宙を舞うと俺達の前へ降りたった。  そして――……。 『久しぶりだなオーギュスタン』  バスケットボールくらいの大きさの光の玉が王子様に向かって話しかけてきた。脳に直接響くような、そんな不思議な声だ。  うええ! ひ、光がしゃべった?! え、まさかこれが水の精霊……!?  口をあんぐりと開けたまま水の精霊を凝視している俺とは対照的に、王子様は平然としている。 『我が子らが迷惑をかけたようですまないな』 「構わない。それよりも儀式を」 『久しぶりだというのにつれないやつだな……まあ、よい』  どこか呆れたような声でつぶやくと、水の精霊が俺の前にやってくる。 「はじめまして、水の精霊。ハルトと申します」  自己紹介をすると、水の精霊は観察するように俺の周りをふわふわと一周した。 『ふむ、お主がハルトか。うむうむ、なるほどなるほど。オーギュスタンにはこれくらい平和そうな人間が合うのかもしれないな。流石我が子らだ』 「??」 『ではノワールの黒の王子と我が子らの祝福を受けし者よ、我が前で誓いを示せ』  えっ? ちかい? そんな話は聞いてないけどこれはどうしたらいいんだ?  ちらりと様子を窺えば王子様と目が合い、アイコンタクトで指示を求めていると、近くまできた王子様が側で囁く。 「目を閉じろ」  静かに告げられて、俺は素直に王子様の言葉に従った。  その数秒後、口になにか柔らかいものが触れる。反射的に瞼を持ちあげると、至近距離に王子様の顔があった。王子様の長くてしっかりとした睫毛が目の前でかすかに震えている。  え?  ぱちりと一度瞬きをして、離れていく王子様の顔を茫然と見送る。 「…………」  え、え? え? なに。今の。  唇を手のひらで押さえる。そこにはまださっきの感触が残っていた。 『確かに。我が証人となった。これでお主らは晴れて夫婦(めおと)だ』  は? めおと? 「…………」  め、めおとだあぁぁ!? ちょ、ちょっちょっちょ、どえええええ!?  急展開についていけず王子様と水の精霊を交互に見る。けど、この状況を理解できていないのはどうやら俺だけの様子。  今って水の精霊の儀式の最中じゃないのか? それがなんで誓いでキスして? 俺と王子様が夫婦になるわけ!? これじゃまるで――。 「結婚式、みたいじゃん……」 「婚儀だ」 「!?」  そんなはずはないと思いながら口にしたことを、王子様が間髪入れずに肯定した。  ちょっと待って。聞いてないし、なにしょれっと暴露してんの王子様!  ってか、本当に結婚式なのか!?  

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