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王子様×嘘×怒り

 ひどく混乱している俺の前で水の精霊がふんわりと上下する。 『まさかお主、これが婚儀だと聞いておらんかったのか?』 「きっ聞いてない。まったく、ちっとも、これっぽっちだって聞いてない。だって王子様は水の精霊の儀式だって言ったじゃないか……!」  水の精霊に会うにはこれ以外に方法がなさそうだったから手伝いを買ってでたのに、蓋を開けたら結婚式だったなんてあんまりだ。  ふるふると首を左右に振りながら答えると、水の精霊は呆れた様子で王子様に向き直った。 『どういうことだオーギュスタン』  そして静かに王子様に問い質す。さすがに水の精霊も、同意のない結婚式に思うところがあったのかもしれない。 「私は嘘を言った覚えはない」  だけど王子様は俺と水の精霊から非難の目なんてなんのその、悪びれもせずのたまった。 「我がノワールでは王族が婚姻を結ぶ際は水の精霊のもとで誓いを交わす。つまり婚儀とは水の精霊のもとで行われる儀式だ」 『う、うむ。確かにまちがいではないが。いや、そうではなくてだな……』  王子様のこじつけというか屁理屈に水の精霊は戸惑った様子で揺らめく。俺は戸惑う程度じゃすまなかったけど。  水の精霊の儀式という言い方が正しいかまちがいかなんていう話はどうでもいい。俺は、王子様が大切なことをなにも知らせないで無理やり結婚に踏みきった理由を聞いてるんだ。 「なんでこんな勝手なことしたんだよ。俺、最初に好きな人がいるから結婚できないって伝えたよな。王子様もそうかって納得してたじゃないか……」  そう、あれで納得してくれたんだと思っていた。 「なのに結婚式のことを水の精霊の儀式なんて言い方して誤魔化して。水の精霊に会わせてやるなんて言って俺が進んで手伝うように仕向けて。誓いまで終わってから、これは結婚式でしたなんて事後報告して。完全に騙し討ちじゃん!」  いっきに捲し立ててから王子様を睨みつける。王子様にされたことを振り返っていたら、だんだん腹が立ってきた。  けれど憤る俺とは反対に、王子様は至って冷静な目でこちらを見返してくる。 「お前に想い人がいようといまいと、どんな理由があろうと、私の伴侶になることは決定事項だった。私はその為に動いたまでだ」 「俺は納得してないのに、どうして王子様が勝手に決めちゃうんだ?」 「この婚姻にお前の意思は反映されない。不運だったと思って諦めてもらう他ない」  今回のことはあきらかに王子様が悪者なのに、まったく反省する気配もなければ俺の話を歯牙にもかけない。悔しさに唇を噛みしめる。  だいたい諦めろといわれて、諦められることじゃないだろ。こんなのおかしい、絶対おかしい。このまま丸めこまれて堪るもんか! 「こんな結婚ナシだろ、取り消してっ」  絶対に泣き寝入りしないと決めた俺は矛先を水の精霊に変えて訴える。まさか自分にくるとは思っていなかったのか、水の精霊が驚いたようにピョンと跳びあがった。 『……むむっ。一度承認しておるから取り消しはできぬぞ。また日を改めて離縁の儀を行う他にない』  離縁って……離婚のことか!?  聞かされた予想外の内容にぎょっとした俺は、水の精霊を掴まえて上下に揺さぶる。 「この歳でバツイチになるってこと!?」 『バツ……? おおっ、おおう、落ち着けハルト!』  情けない声を出す水の精霊に我に返った俺は、そうっとその球体を解放してやった。いけないいけない、なんの罪もない精霊に可哀想なことをしてしまった。  しかし光の集合体に見えるんだけど、精霊って触れるんだな。とっさにしたことだったけど新たな発見をしてしまった。 「離縁はしないぞ」 「!」 「どうしても受け入れられないなら、掟によりお前を処刑するしかなくなる」  あまりの内容にすぐには意味を理解できなくて、遅れてその意味を理解すると身体中からざあっと血の気が引いていく。 「しかし、死ぬほど私との結婚が嫌だというのなら仕方がないな。離縁を受け入れよう」  告げられた内容に泣きそうになる。そこまでして守らないといけない掟ってなんなんだよ。 「信っじらんない。王子様だって俺のことなんかちっとも好きじゃないくせに」 「王族の結婚に恋愛感情は重要ではない」 「俺は王族じゃないし、気持ちの伴わない結婚なんか絶対したくない。こんなの絶対に幸せになれないし!」 「それでは処刑されることを選ぶか」  もうっなんでそうなるんだ。こんなに訴えてるのにまったく話にならない。 「王子様のバカ!」 「……」 「わからず屋! あんぽんたん! だいたい男同士じゃ子供だってできないんだからな、そういうことも考えて言ってんの?」 「構わない。もとより私に子供をつくる気などない」  なんの感情も読めない平坦な声で返されて、怒りを通りこして悲しくなった。かんたんな問題じゃないはずなのに、なんでそんなに平然と言えるんだ。 「掟ならどんなことでも従うんだ……。王子様は本当にそれでいいわけ」  独り言のように疑問を口にして俯く。こうまでして掟を守ることにどんな意味があるんだろう。王子様は俺の気持ちだけじゃなくて、自分の気持ちさえも蔑ろにしている気がする。  石でできた床をじっと見つめていると、小さくため息が聴こえた。顔をあげると、珍しく渋い表情をした王子様がいた。 「お前は誤解をしている」 「? なにを」 「確かに婚儀を行ったのは掟だからだが、私の伴侶は必ずしもお前である必要はなかった」 「それって、どういうこと? 裸見せあったら必ず結婚しないといけない掟なんだろ」  掟が絶対だから王子様は俺を嵌めてまで無理やり結婚したのではないか。これで掟が絶対っていうこと自体が嘘だったら、俺はちゃぶ台をひっくり返すぞ。 「掟は絶対だが、相手が存在しなくなればその限りではない」 「……」  ヤなこと思い出した。そういえば圭太がノワールの王族は不本意な相手の場合はこっそり始末するって言ってた。  ああもー……本当にやだこんな世界。早く帰りたい。住んでいたの世界とのギャップに堪えられない。 「私が、なぜお前を伴侶に選んだか分かるか」 「そんなこと……わからない」  王子様の考えてることなんて、ちっともわからない。いったいどういうつもりなんだ。こっちが聞きたいくらいだ。  それでも無理やり考えるなら、風呂場での出来事をなかったことにすることもできず、かといって殺すのも良心が痛んで……とかそういう理由だろうか。 「俺に同情した、から……?」  それ以外に理由が思いあたらなくてそう答えると、王子様は軽く目を瞠ったあと、意地の悪い笑みを浮かべた。  初めて見る表情の王子様に目を奪われる。この人こんな顔もするんだ、なんて惚けていると、王子様はその形の良い唇をゆっくりと開いた。 「違うな」 「え?」 「なる程、お前には私がそんな生ぬるい人間に見えているのか」  なにが面白いのか王子様がおかしそうに笑う。 「??」 「お前が私のことをよく知らないように、私もお前のことをよく知らない。だが、私をよく知る微精霊がお前を選んだ。お前を伴侶にすることを決めた理由はそれだ」  微精霊が、俺を選んだから……?  ぱちぱちと何度も瞬きを繰り返す。 「だがさっきも話したとおり、お前が死ぬほど嫌だというのならば無理強いはしない」  褐色の大きな手が俺の頬をさらりと撫でた。次いで、耳に触れるか触れないかの位置に感じる気配と、吐息。 「死ぬか、このまま伴侶になるか、ここで選べ」  待って。  コレ、選択肢ないのと一緒だよな……?  

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