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水の精霊×帰る方法×名前

   王子様の伴侶になるくらいなら死ぬ方を選ぶ!  ――――なんて、そんなわけあるか。結婚しなくて済んだって、死んだらなんの意味もない。俺は自分の命がおしい。処刑されるなんて絶対に嫌だ。  返事は決まりきっていた。 「通路で待っている。終わったら声をかけろ」  このまま伴侶でいるという答えに満足したらしい王子様が、水の精霊と俺を残して出ていく。どうやら、当初の約束通りに帰る方法を聞きだす時間をくれたようだ。  だけど正直なところ複雑な気持ちだった。あんな風に騙すように結婚に持ちこんだ王子様が、俺がもとの世界に帰ることを本当に許すだろうか?  なにか裏があるんじゃないかと、勘ぐってしまう。 『まったくしょうのない男だ』  素直に喜べず戸惑ったまま立ち尽くしていると、水の精霊が呆れたよう溜め息を漏らした。淡い光りを放つ球体はふわふわと舞い上がると、ゆっくりと祭壇へ降り立つ。 『さて、あちらへ渡る方法だったか』  腰を落ち着けた水の精霊はさっそくとばかりに本題を切りだす。それにハッと息を飲んだ。 「俺、ちゃんと帰れるの……?」  帰れる方法はあるのか。圭太も行き来できているんだからきっと大丈夫だと思うけど、万が一なんてこともある。  不安から思わず尋ねると、水の精霊は体を少し浮かせて肯定を示すようにしっかりと上下した。 『もちろんだ。安心するがよい、我と雷の精霊の力をもってすればお主を送り返すことはそう難しくない』 「……そっか」  もとの世界に帰れる。それがわかった途端、全身から力が抜けていく。膝が崩れてへたりと地べたに座りこんだ。 「よかった」  本当によかった。ちゃんともとの世界に帰れるんだ。  じわじわと喜びがこみあげてきて、両手を額に当てたまま蹲った。 『まさか我が子らが一方的にお主をこちらに連れこんだとは思いもせず、悪いことをした。突然見知らぬ地に放りこんでしまい、さぞかし心細い思いをさせてしまったな』  申し訳ない、と光の球体が淡い光を放ちながら揺れる。まさか謝られるとは思っていなくて狼狽えた。 「帰れるんなら、もういいよ。怒ってない」  自分が悪いと認めて謝って、こんなふうに気遣ってくれる相手に対して怒りの感情は湧かない。 『ハルトは優しいこだな』  あたたかで柔らかな光を放つ水の精霊にそう言われて、喉の奥が引きつれたように苦しくなる。 「……っそんな、こと」  じわりと熱くなる目頭を人差し指で押さえ、唇を噛む。鼻の奥がツンと痛んだ。  酷いことをされたって涙は出ないのに、優しくされた途端に涙腺が緩くなるのはなんでだろう。  それが引き金となって、今まで塞き止めていたものが決壊する。不安、戸惑い、怒り、悲しみ、安堵。ここに来てから感じていた様々な思いが駆けめぐり、自分が思っていた以上に参っていたことを知る。 『オーギュスタンのことも、すまない。あやつはこれまでまともに人と関わってきておらぬ故に、人の気持ちの機微にうとい。あの様子だとお主への接し方もよくわかっておらぬのだろうな』  困ったものだと付け加えて、僅かに光が萎んで小さくなる。 『ただ、お主はあやつにとって少なからず特別な存在のようだ』  予想もしていなかった水の精霊の言葉にぎょっと目を剥く。それから慌てて、そんなはずはないと顔の前で手を振って否定する。  振り返ってみても、王子様が俺を特別だと感じているような素振りはまったくなかった。 「それは絶対にナイ。あり得ないから」 『いや、オーギュスタンのお主に対する態度は他の者に対するものとはまったく異なるよ。本来あやつは人に興味がない。なるべく関わらないように生きておる。だから、このようにお主を側に置くこと自体が奇跡のようなものだ』  いくらなんでも奇跡っていうのは大袈裟じゃないか。けど確かに王子様は周りの人たちを遠ざけているようには見える。そこまで重症だとは思わなかったけど。 『ノワールの王族の血は黒い』 「へ?」 『血液に魔力が混じっておるのだ。魔力が多ければ多いほど血は黒くなる』  黒い血って……え、ほんとに?  水の精霊から告げられたのは衝撃的な内容だった。いくら異世界だからってそんなのありなのかと、信じられない思いで話の続きを聞く。 『オーギュスタンの血液は王族のなかで一等濃い。魔力が尋常でないのだ。過ぎる力は人を人でなくす。恐れられ、負の感情ばかりを投げかけられ育ったあやつは人の存在を厭わしくすら思っておる』  恐れられてるって、そんな。  王子様が魔法を使うところを見たことがあるけど、全然怖くなかった。そりゃ儀式を成功させたいとか思惑があったのかもしれないけど、でもあれは俺が緊張しないようにかけてくれた気遣いの魔法だった。  王子様は自分勝手だし、俺の気持ちまるっと無視するような最低な奴だけど、だからって周りからそういう扱いを受けているなんて聞くのは悲しい。 『ただ、精霊や微精霊はオーギュスタンのことをとても好いておるよ。特に我が子らは、あやつの為に無謀にも別世界へ渡って伴侶を見つけてくるくらいに、あやつのことを想っておる。――お主にはいい迷惑であっただろうがな』  水の精霊は、呆れと嬉さと苦味が入り交じった様子で語る。  もし、周りの人間が誰も王子様に歩み寄らないなかで精霊たちだけが王子様に寄り添っていたのだとすれば、多分、王子様にとっても精霊は大切な存在になっているはずだ。 『濃い血の者の下には同じような者が生まれやすい。オーギュスタンが子を成す気がないのも、自分のような境遇にあわせたくないためだろう』 「……」  あの言葉の裏側に、そんな思いがあったのか。王子様がなにを考えてるのかまったくわからないけど、王子様には王子様なりの事情があるのかもしれない。 『我は』  なにか言いかけて口を閉ざした水の精霊に、首を傾げる。 『いや、このようなことをお主に言える立場ではないのは分かっておるのだ。だが』 「なに?」 『我は、正直なところお主にここに残ってもらいたいと思っておる。可能ならあやつの伴侶としてオーギュスタンの拠り所になってもらいたい』  水の精霊はふわりと体を持ち上げると、ふわふわとゆるく揺れてまた沈む。  ああ――微精霊たちだけじゃなくて、水の精霊も王子様が大好きなんだろうなあと思った。勝手だってわかってても言っちゃうくらいには、王子様を大事に思ってる。  頼みの綱である精霊にとんでもない本心を告げられたというのに、俺は呑気にそんなことを考えていた。 「水の精霊の気持ちはわかったよ」  だけど。 「ごめんなさい。俺にも大切なやつがいるから、ここに残ることはできないんだ」  俺がいたいのは圭太の隣だ。片想いでも、ひとの告白をぶった切るような空気読まないやつでも、やっぱりすきだ。 『いや、お主が帰りたがるのは当然のことだ。勝手なことを申してすまなかった』  気落ちしたように水の精霊を包む光が少しだけ弱くなる。けれどすぐに持ち直して、はっきりとした口調で話しはじめた。 『雷の精霊へは協力してもらえるよう我から頼んでおく。準備が整い次第我が子に伝えさせる。それまでもう少しだけ待ってくれ』  そう言うと水の精霊はふわふわと泉へと飛んでいき、水のなかへ溶けてしまう。 「話は済んだか」  気がつくとすぐ側に王子様が立っていた。それまで気配がまったくなかったから口から心臓が飛びでそうなくらい驚く。 「お、お、お、おお王子様……っ」 「伴侶となったのだ。そのような呼び方はせず、これからはオーギュスタンと呼ぶようにしろ」  取り乱している俺にはまったくお構いなしで勝手なことを言う王子様、もといオーギュスタン。悪びれのないその態度には、もう怒りを通りこして呆れてしまう。 「戻るぞ」 「え!? 王子様ちょっと待って」 「オーギュスタンだ」  くるりと背を向けたオーギュスタンを呼べば無表情で訂正を入れられる。いや、言い慣れてないんだからいきなりそんな風に呼べといわれても難しい。 「……」 「ハルト」 「オーギュ、スタン……」  促すように名前を呼ばれて、仕方なく王子様の名前を口にする。  くそぅ、なんだかとっても負けた気分だ。  

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