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ベッド×夢うつつ×不満

   儀式が終わって外に出る頃には、すでに日が暮れていた。  いろんな意味で疲労困憊だった俺は、風呂へ向かい疲れを流した。  風呂といえばここのところ立て続けに浴槽の底が抜けたこともあって、湯船に浸かるときはつい警戒してしまう。今のところ城の浴槽が抜ける気配はないけれど。  ゆっくりとお湯に浸かれることのありがたみを身に染みて感じる、今日この頃だ。  風呂上がりでホカホカになりながら向かうのは、ここに来てからずっと使っていた部屋――ではなく、そこから少し離れたところにある部屋だ。  なぜか部屋が移動になった。 「しつれいしまぁ……す」  ドアノブを回してそうっと覗く部屋。まず目に飛びこんできたのは巨大な天蓋つきのベッド。圭太のベッドもデカかったけど、こっちのものはそれよりもさらに大きい。  なんのためにこんなにデカいのかと首を捻りたくなる。  そりゃあ睡眠は大事だし快適なことはいいと思うけど、俺は普通サイズでいいよ。こんな広いのは寝慣れないし、落ち着かない。  存在感に気後れしながらも近づくと、手で触れて弾力をチェックする。触れたベッドは硬すぎず柔らかすぎずのちょうどいい塩梅だった。 「……ふむ」  ついさっきまで否定的に思っていたけど、こんなに寝ごこちの良さそうなベッドで寝る機会はそうないかもしれないと思い直す。  そんな感じで好奇心に負けた俺は靴を脱ぎ、ベッドの上に横になってみる。ゴロンゴロンと寝返りを数回うったあと、たくさん並べられたクッションに顔をダイブさせた。 「ふっかふか!」  滑らかで肌に優しいそれにすりすりと頬擦りしながら目を閉じる。寝るつもりなんてまったくなかったのに、あまりの快適さと疲労からうっかり意識を手放していた。  肌寒さに身震いする。暖を求めて寝返りをうつと、すぐ近くに温もりをみつけて、嬉々としてそちらへ擦り寄った。  あったかい。安心してふたたび夢の世界へ旅立とうとしたところで、腰の辺りになにか重みを感じて薄目を開ける。 「?」  視界いっぱいに映りこんだのはクリーム色の服。額から伝わってくるのは人の体温。規則正しく僅かに上下しているのは筋肉のついた逞しい胸で…………胸? 「っむ!?」  寝起きでぼんやりしていた頭がいっきにクリアになる。驚きから声にならない悲鳴をあげて、跳び起きた。  ドッドッドッと太鼓を打ち鳴らすように脈打つ心臓を押さえ、これがどういう状況なのかを把握するために辺りを確認する。  シーツの上に座りこむ俺のすぐ隣に転がっているのは、黒髪に褐色の肌をした男――――オーギュスタンだった。  ということは、さっき擦り寄ったのはオーギュスタン? いやでも、そもそもなんで俺の部屋のベッドで一緒に寝てるんだ。  混乱しながらオーギュスタンから視線を逸らせずにいると、長い睫毛が震えて、持ち上げられた瞼の下から漆黒の瞳が現れた。とろりとした瞳に俺の姿が映しだされる。 「なにを、してる」  掠れ声でつぶやくオーギュスタンに間髪入れず、それはこっちのセリフだと心のなかで叫んだ。夜中に大声をだすのは憚られて声にはださなかったけども。 「ななななん、なん……!?」 「? 大人しく寝ていろ」  なんでお前がここで寝てるんだという疑問を動揺のあまり伝えられずにいると、大きな褐色の手が伸びてきて腕をとられる。  ぐっと引き寄せられて、顔面からオーギュスタンにダイブした。 「はぶっ」  そのまま抱きこまれるとカチンコチンに硬直する。そんな俺をオーギュスタンはもぞもぞと収まりのいいポジションに移動させると、安らかな寝息をたてて眠りに落ちてしまう。  え? うそ。  この状態で寝るの!?  まさかの展開に驚愕して見上げた先に彫刻のように整った顔立ちを見つけて、慌てて俯く。  どうにも落ち着かなくて、もぞりと身を捩ってなんとか腕のなかから逃げ出そうとするも、意外にしっかりとホールドされているのか脱け出せない。 「っなあ、オーギュスタン放して」  浅く呼吸を繰り返しているオーギュスタンに控えめに声をかけて空いてる手で胸をタップするけど、起きる気配はゼロ。仕方なく自力での脱出を試みることにする。  だけど結果は惨敗。  まじか、と額を押さえて天を仰ぐ。勘弁してくれ、こんな状態で寝れるわけがない。  どうにかならないのかと自由を奪っている元凶の様子を窺えば、穏やかな表情で瞼を落としていた。  こっちはこんなに困ってるのに!  だんだん腹が立ってきて、腹いせのようにその平和な頬をぷにっとつねってやった。  気がつくと、柔らかい朝の光がカーテンの隙間から射しこんでいる。 「……」  あんな体勢で寝れるわけがないとか文句を言っていた割りに、オーギュスタンのほっぺたをつねって少ししたあたりからの記憶がまったくない。  気がついたら鳥が鳴いてて外が明るかった。  つまり爆睡してた?  あれ、俺ってそんなに図太い神経をしてたの? と自分に失望しかけて、いやいやと否定する。自分があっさり寝てしまったのは多分、オーギュスタンと密着していたせいだ。  寝れない理由と寝てしまった理由が同じというのもおかしな話だけど、他人の心音というのは思いのほか心地のいいものらしい。  いまだ隣でぐうすか寝ているオーギュスタンの腕のなかで一人感心していると、腹の上に乗っていた腕がぴくりと震え、頭上から鼻にかかったような声が聴こえた。 「……ん」  ぼんやりと薄目を開けてこちらを見下ろしてくるオーギュスタンに、文句を言ってやろうと顔をあげて、だけどそれは言葉を発する前に柔らかなものによって阻まれる。 「!?」  近すぎてピントの合わない顔を理解が追いつかないまま見つめていると、押しつけられたぬるい温度のそれが擦りつけられるように左右に動いた。剥き出しの粘膜に感じた刺激に、ぞくりと肌が粟立つ。 「……っ……」  我に返ったところで下唇を唇でやんわりと食まれ、濡れたもので表面をそっと辿られた。  驚いて逃げを打とうとしたところをぴしゃりと制止される。 「逃げるな」  起き抜けで怠そうなのにその声は力強く、こちらの自由を奪った。  ぎゅっと抱きこまれて無防備な耳を甘噛みされる。カーブを描く上の部分をやわやわと食まれると、滑り落ちてきたそれに耳朶をひっぱられた。 「っ……ひう」  オーギュスタンの吐息が肌を掠める度、その唇に触れられる度に過剰なほど反応してしまう。小刻みに肩を跳ねさせ、額を目の前の胸に擦りつけながら、くすぐったいようなむず痒いような感覚を必死にやり過ごした。  首筋に濡れた感触がして、いやいやと身じろぎする。 「ん……っ、やめ、オーギュ、スタン……!」  どうしてこんなことをするんだ。寝ぼけてるのか?  混乱した頭でとにかく止めてもらおうと名前を呼べば、顔をあげたオーギュスタンと視線が絡み合う。 「とりあえず、放そう……?」 「嫌だ」  息を乱しながら訴えると、まるで子供のような言葉が返ってきた。 「いやいやいやいや。嫌じゃないってば。つうかなんでさっきからセクハラしてんの!? お触り禁止! 変態行為反対!」  口で言っても通じないと判断して、オーギュスタンの肩をぐいぐい押して離れるよう促す。  だけど鍛えられた体は俺の力なんかじゃびくともしなかった。しかも遠ざけるどころか逆に手を取られて捕まってしまう。 「こら離せっ」  なんとかオーギュスタンの手を剥がそうと抵抗していると、上から静かな声が降ってきた。 「昨晩は、やけに早く寝たようだな」 「は?」  まばたきをしてから、しげしげとその顔を見つめる。なぜだか不満そうな様子のオーギュスタン。でもなにがそんなに不満なのかも、質問の意図も全然わからない。 「確かに昨日はいつの間にか寝てたけど……それがどうかした?」  これまで俺がいつ寝ようと気にした素振りなんてなかったのに、今さらどうしてそんなことを気にするのか。  首を傾げていると、オーギュスタンの眉がぐっと寄せられて皺がきざまれる。 「昨晩は初夜だった」 「……」 「……」  は? なんだって?  

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