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涙×手
ぼんやりとした月の光だけが差しこむ部屋に、明かりが灯された。
瞼の裏がパッと白く塗りつぶされて、俺は眩しさから逃げるように被っていたシーツの端を掴むと、折り畳んでいた体を一層縮こめる。
「ハルト? ……寝ているのか」
ベッドで丸まる俺の姿を見つけたのか、オーギュスタンの声が僅かに低くなる。不機嫌そうなつぶやきとともに足音が近づいてくる気配がして、ビクリと体を強ばらせた。
そんな反応に寝ているわけではないことが伝わったのか、足音が止み、唸るような問いが投げかけられる。
「そんなに嫌か」
俺はなにも答えなかった。寝たいなら勝手に寝てくれと投げやりな気分で思う。今はオーギュスタンと一緒に寝ることに対してどうこう考える余裕すらない。すべてどうでもよかった。
それよりも昼間に水の微精霊から聞かされたことが、未だ耳の奥にこびりついて離れない。
“ハルトとおなじすきじゃない”
俺だって……俺だって、圭太と両想いだなんてそんな図々しいことを考えていたわけじゃない。確率が低いことは承知していたし、その上で俺の言葉であいつに気持ちを伝えたかった。それで返された答えなら受けとめる覚悟でいた。
なのにあれは、不意打ちだろう。告白もしてないのに他人の口から告げられた言葉で失恋確定なんて、笑ってしまう。
込み上げてくるものを堪えるためにぐっと唇に歯をたてた。
「……っ」
「どうした」
さすがにおかしいと思われたのかもしれない。訝しげに尋ねられたあと、シーツの上から触れられる。
背中にオーギュスタンの手の存在を感じた途端、ぶわりと堪えていたものが溢れでた。
「……う……っ」
一度決壊するともう元には戻らなくて、ぼたぼたと溢れたものがシーツに染みを残していく。
「ひっ……、く」
嗚咽が洩れる。押し殺していた声はだんだんと我慢ができなくなって、ついには子供のように泣きじゃくってしまった。
「うええー……ん!」
「!?」
背中に乗せられていた手が驚いたようにビクリと跳ねる。頭上で息を飲む気配がした。
オーギュスタンからしてみれば、さぞわけがわからない状況だろう。
そりゃそうだ、寝に戻ってきたら部屋が真っ暗で、ベッドにはシーツにくるまった芋虫みたいな俺が転がってて、触ったら大泣きするとか自分でも意味不明すぎる。
感情に任せてわあわあ泣いてると、離れていた手のひらがふたたび降りてきて、躊躇いがちに動かされた。
ゆるゆると宥めるように上下するその手つきは、あの自分勝手で人の話を聞かないオーギュスタンのものかと疑ってしまうほど優しい。
シーツ越しにゆっくりゆっくり撫でられているうちに、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
ある程度理性が戻ってくるとこの状況が恥ずかしくなってきて、なにやってるんだろうと自分に呆れてしまう。
だけど涙がひとつ溢れるたびに、それまでモヤモヤと胸の奥につっかえていたものが少しずつ溶けていくのを感じて、俺は目を閉じて与えられるぬくもりを享受した。
やらかした。
――――朝起きたときの感想はこの一言に尽きた。
「は、恥ずかしすぎる……」
わなわなと震えながらベッドの上に平伏(ひれふ)したあと、シーツを鷲掴む。羞恥から逃れるために顔面をシーツに押しつけていたらじわじわと苦しくなってきて、勢いよく顔をあげた。
「っぷは!」
起きたときにはすでにオーギュスタンの姿は見当たらなかった。昼間はほとんど姿を見せないし、恐らく王子様にも仕事があるんだと思う。
一緒に寝たような気配もないから、もしかしたら昨晩は自室で寝たのかもしれない。
気を遣わせてしまったか?
いや。だけど、オーギュスタンが俺にやらかしてきたことの数々を考えれば、これくらいたいした迷惑じゃない。うん、そういうことにしておこう。
昨日は水の微精霊の話にすごくショックを受けたけど、おもいっきり泣きわめいてから寝たら、だいぶスッキリした。
圭太のことも、よく考えたら本人から言われたわけではないんだし、あそこまで取り乱すことはなかったのかもしれない。
もし本人からも同じ答えが返ってきても、ちゃんと自分の口で伝えて、それから圭太から返された答えなら時間はかかっても自分の中で消化できる気がした。
他人から気持ちを聞かされて失恋して終わりじゃ、いくらなんでもあんまりだし納得がいかない。
我ながら諦めが悪いとは思うけど、そんなふうにきっぱり諦められるくらいの気持ちならすでに諦めていた。諦めきれないからまだ好きなんだ。
「なんか、怖くなってきた……」
シーツに頬を擦りつけながらぽつりと溢す。
本当は薄々だけど感じている。多分、だめなんだろうなあって。
俺が絶対に受からないような偏差値の学校に進学したことも、最近は遊びに誘ってもなかなか乗ってくれないのも、気持ちを伝えようとしたときには必ず話をすり替えられるのも、全部そういうこと なんだろうなあって。
水の微精霊に言われたときも、やっぱりなって思う気持ちがあった。気づいていたけど気づきたくなくて追いやっていたものを見せつけられて、ちょっとしたパニックになった。
でも今はまだ俺のただの推測にしておきたい。まだ認められない。しつこいけど、もうちょっとだけ好きでいさせてほしい。せめて圭太の口から本当のことを聞くまで。
その時までは。
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