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王子様×意外な一面×再会

   オーギュスタンは驚いた様子でつぶやいた。 「お前は……怒っているのではないのか」 「へ?」  なんのことを言っているのか判断できなくて、思わず聞き返す。するとオーギュスタンはぐっと眉を寄せて、躊躇いがちに続けた。 「昨晩のように、あのように泣くほど私が嫌なのだろう」 「…………ええ?」  昨日のアレをまさかそんなふうに捉えたのかと、呆気にとられる。  あのときは圭太のことで頭がいっぱいで、オーギュスタンに構う余裕がなかった。  振り返ってみると、一緒に寝るから先に寝るなと伝えられた翌日に早い時間から電気を消し、さっさとフトンに入っていて、オーギュスタンに触れられた途端に泣いている。  あ、誤解するかも……?  なにも知らないオーギュスタンからしてみたら、あれらはオーギュスタンを拒絶しての行動にみえたのかもしれない。  昨晩のことに限定していえば誤解だった。  けど、オーギュスタンに対して怒っているかと聞かれたら、答えはイエス。脅されて結婚を迫られたのだから当たり前だ。  これで怒らない奴がいたら、よっぽどのお人好しか、救いようのないアホかのどちらかだと思う。だからはっきりと言いきった。 「もちろん怒ってる。オーギュスタンのやり方は卑怯だ」  だけど泣くほど嫌かといわれると、そこまで追いつめられてはいなかった。  だって俺は近いうちに元の世界に帰る。嫌だけど、少し辛抱すればこの関係からは解放されるんだ。逃げ道があることが、気持ちに少しだけゆとりを与えていた。  あとは正直なところ、結婚したことや伴侶ができたことに対しての実感がまったく湧いていなかった。  だってつき合ってもいなければ、プロポーズを受けたわけでもなく、結婚式は事後報告で、いつの間にかオーギュスタンの伴侶になっていたんだ。実感もなにもあったもんじゃない。 「腹を立てているのなら、なぜそんなふうに感謝ができる?」  俺の返答にオーギュスタンはさらに困惑を深めたようだ。 「なんでって……景色も微精霊たちもすごくきれいだったし、ここってオーギュスタンの大切な場所なんだろ? それを俺にもわけてくれたのが嬉しかったから、感謝の気持ちを伝えただけだよ」 「……なぜ、ここが私の大切な場所だと思うんだ」 「質問ばっかりだな」  真面目な顔で問われて、思わず苦笑する。  湖を泳いでいた魚が跳ねてポチャリと音がした。水面に波紋が広がる。それを横目で見ながら俺は口を開いた。 「だってオーギュスタン、精霊や微精霊たちが好きだろ。その微精霊たちがこんなに楽しそうにのびのびと過ごしている場所だから、お前も大事にしてるんじゃないかなって思って。それだけなんだけど」  ちがった? と問うとオーギュスタンはいや、と首を振ることでそれに答える。そしてどこか噛みしめるようにして微精霊たちがいるであろう景色を瞳に映した。 「ここにはよく来るの?」 「いや、今はたまに来る程度だ」 『黒の王子はねー、元気のないときにくるよ!』 「!」 「え?」  突然、元気な声が割りこんできた。  微精霊だ。それを皮切りにわらわらと集まってきた微精霊たちが口々にオーギュスタンの過去を話しはじめる。 『昔はね、よくここで泣いてたもんね』 『ねー』 『ちっちゃい黒の王子、泣きむしだった』 「っお前たち、余計なことを話すな」 『きゃーっ黒の王子が怒った!』 『こわーい』 『逃げろー』  言葉のわりにまったく怯える様子はなく、きゃっきゃっと楽しそうに遠退いていく声を聞きながら、オーギュスタンをまじまじと見つめた。 「見るな。微精霊が言っているのは幼少のころの話で、今は違う」 「……いや、うん、そうなんだ」  泣き虫なオーギュスタンなんて意外すぎる。だけどそれ以上に意外なことが判明した。  自分が落ちこんだときに来る場所に俺を連れてきてくれたって、どういうことだろう。もしかして、気分転換させようとしてくれたのか?  ――――昨日、俺が泣いたから?  まさかオーギュスタンに限ってそんなことをするかな、と否定したくなったけど、微精霊たちの話を聞く限り、やっぱりそうなんじゃないかと思ってしまう。  俺の気持ちなんて関係ないなんて言うくせに、こんなふうに気を遣ったり、なにを考えているのかよくわからない。 「なあオーギュスタン」 「なんだ」 「顔赤いけど大丈夫?」 「……っ」  指摘すると、隣に座っていたオーギュスタンがすっくと立ち上がった。そして睨まれる。顔が赤いから全然怖くないんだけど。 「すぐ戻る。お前はここを動くな」 「うん?」  微精霊に子供の頃のことバラされて恥ずかしくなったのか、オーギュスタンはつっけんどんにそう言うとスタスタと森の方へと歩いていった。 「……あいつも照れたりするんだ」  オーギュスタンの後ろ姿が見えなくなると、湖に向き直る。水の傍だからか、ひんやりとした気持ちのいい風が肌をそっと撫でていく。  俺は仰向けに寝転がると目を閉じて、さわさわと揺れる草木の音や、鳥が唄う声、水が揺れる音などに耳を澄ませる。なんだか久しぶりに落ち着いた気がした。  と、そのとき。  近くでクシャと草を踏む音がする。  目の前にふっと影が落ちたかと思うと、見慣れた顔がこちらを覗きこんでいた。 「やっと離れたな」 「!?」  不機嫌そうにつぶやいた幼馴染みに、俺は大きく目を見開いた。  

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