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幼馴染み×王子様×初対面
「け、」
真上にある顔を凝視する。
「圭太?」
逆光で少し顔が見えにくいけど、圭太だ。
上半身を起こして、すぐ側でしゃがんでいる圭太の、そのすっきりとした頬に触れてみる。手のひらにほんのりとした温かみを感じて、これが現実であることを確信した。
「なんだよ」
「夢じゃない……」
「は? なに言ってるんだ」
片眉を跳ねあげて呆れたように見下ろしてくる圭太に、感無量になって抱きつく。
「っ、温人 ?」
胴に回した腕に力をこめて肩口に顔を押しつけると、懐かしくてどこか優しい圭太の匂いがした。無言でぎゅうぎゅう抱きついていると、頭の上に手を置かれてポンポンと軽く叩かれる。
「まったく。そんなに余裕があるわけじゃないんだけど……しょうがねーな、このまま移動するぞ」
「へ?」
顔をあげると、ちょうど後ろを振り向いた圭太が口を開くところで。
「風の精霊」
『ええ』
鈴の音のような透きとおった声がどこからか聴こえると、俺たちはふわりと巻きおこった風に包まれる。ここに来たときと似た状況に、これが移動魔法であることを悟る。
取り囲んでいた風が消えると、次には森の中にいた。周りの景色から推測すると、どうやらさっきいたところからそう遠くない場所らしい。
『ケータ。次のブランへの転移魔法の発動には、最低五分は必要よ』
「ああ分かった」
ぽかんとしたまま圭太を見つめていると、視線を落とした圭太に鼻をぶにっと摘ままれる。
「ふが」
「世話のかかるやつ」
圭太はため息をつくと、俺の頭のてっぺんから爪先まで目を滑らせる。
「ケガは? ノワールの第七王子から危害を加えられてはないか。……まあ、牢にも入れられずにここでこうしてるってことは、気に入られたのか」
「だ、大丈夫。ケガは、してない」
真面目にこちらの無事を確認してくる圭太にどぎまぎしてしまう。
この様子だと、俺がオーギュスタンと結婚したことはまだ耳に入ってないみたいだ。できれば圭太には知られたくないけど、そういうわけにもいかない、よなあ……。
どちらにしても隣国の王子様の結婚話だ、近い内に知られてしまうことだろうし、なにも言わなかったら言わなかったで後が怖い。早めに伝えた方が良いことはまちがいなかった。
けどなんて説明すればいいんだ?
結婚の話をするとなると、オーギュスタンに騙されたことも一緒に話すことになる。あっさり騙されたなんて言ったら、まちがいなく説教だ。
「あ!」
「っ突然なんだよ?」
「あ、や、ごめん。そういえばもとの世界に帰れることになったんだ」
そうだった。せっかく迎えに来てくれたんだから、そのこともちゃんと話しておかないと。
「本当か」
「うん。俺がこっちに来たのってノワールの水の微精霊の仕業だったみたいで、水の精霊と話したら準備ができ次第帰してくれることになった。だからもうすぐ向こうに帰れると思う。今まで心配かけてごめんな」
もう大丈夫だと伝えると圭太も安心したようで、緊張していた肩から力が抜けていくのがわかった。
「……そうか。精霊が相手なら嘘ってこともなさそうだな」
今回のことで圭太には迷惑というか、心配をかけてしまった。ブランでの役割もあって大変なのに申し訳なく思う。
けどこれ以上はもう圭太の手を煩わせなくて済む。もとの世界に戻れることは、そういう意味でもほっとしていた。
「だから俺はノワールに残るよ。せっかく来てくれたのにごめん」
「ああ……そういうことなら仕方ないか。俺は一緒には行けないけど、お前一人で本当に大丈夫か?」
どうやら俺を一人にしておくことが不安らしい。そんな圭太の不安を払拭するために、しっかりと頷いてみせる。
「大丈夫。戻れたらすぐ圭太んちに行くから、あっちで会おう」
せっかく会えたのにまたしばらく会えなくなるのかと思うと寂しかったけど、甘えてばかりもいられない。しっかりしなければ。
名残惜しいけど、そろそろ戻らないと。オーギュスタンに俺がいなくなったことを気づかれてしまいそうだ。すぐにまた会える、そう自分に言い聞かせると、圭太の胸に手をつきそっと体を離した。
その時、それまで静かにことの成りゆきを見守っていた風の精霊がどこか焦ったように口を開いた。
『ケータ、見つかってしまったわ』
「!」
それに圭太が弾かれたようにあたりを見渡す。
木々のざわめく音のなかにさくり、さくりという草を踏みしめる音が混じって、だんだん近づいてくる。そして、存在感のある長身の男が姿を現した。
――――オーギュスタンだ。
「風の精霊がいるということは、お前がブランの風の守護者か」
ぞっとするような顔で圭太を見つめるオーギュスタンに、目を疑う。手のひらにじわりと汗が滲んだ。なんだかまずい雰囲気だ。
「人の伴侶を拐かすとは、それなりの覚悟をしているのだろうな」
「オーギュスタン、待って。ちがうから!」
戻るから早まったことはするなと続けようとしたところで、不意に後ろから腕をとられた。振り向くと、盛大に眉をしかめた圭太に見下ろされる。
「伴侶ってどういうことだ?」
「え? あ、いや……えっと、そのぉ……」
「お前まさかノワールの第七王子と?」
問いつめられて言葉に詰まる。けれど言わなければ許されない空気に、冷や汗をかきながら事実を口にした。
「な、なりゆきで」
結婚しました。と蚊の鳴くような声で続けると、この場の温度がぐんと下がる。
「……」
ひいいい! やばい、怒られる……。
こんな状況で知られるくらいなら、先延ばしになんかしないでさっき話しておけばよかったと後悔した。
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