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幼馴染み×王子様×不穏

   雷が落ちるのを覚悟してきつく瞼を閉ざす。だけど降ってきたのは説教でも鉄拳でもなく、はぁという溜め息だった。 「……そうだよな。お前が暢気にこんな場所にいるんだから、そういうことだよなあ」  そろりと顔をあげると、口許をひきつらせた苦々しい表情の圭太がいた。予想とは異なる反応に拍子抜けする。  怒っていないのだろうかとそのまま恐々様子を窺っていると、圭太はオーギュスタンからもらったブレスレットへ視線を落とした。 「それをつけてる時点でそういう可能性を考えなかったわけじゃないけど、本気かよ」  そう言ってまた溜め息をつくと、難しい顔をしてこめかみを押さえる。 「け、圭太」  なにやらひとりで納得しているらしい幼馴染みにドキドキしながら声をかけると、ちらりと視線だけをよこされる。 「あ? なに」 「う」  突き放すような言い方でぞんざいに返されて、言葉に詰まる。やはり怒らせてしまっていたらしい。 「……ごめん」 「それはなんに対しての謝罪なわけ?」  項垂れながら謝ると、すぐさま理由を問われた。伝わってくる不機嫌に、小さく体を縮こめると消え入りそうな声で答える。 「俺が頼りないせいで圭太に心配をかけてるから……」  そう言うと圭太の眉間にぐっと皺が寄せられて、慌てて言い訳をつけたす。 「で、でも! オーギュスタンは掟があって俺を伴侶にしただけで恋愛感情とかはないし、俺が元の世界に帰ることにも協力してくれてるよ」 「……」 「あとは水の精霊の準備が調って帰るのを待つだけだから、本当に大丈夫! 圭太はブランでの役目に集中してほしい」  俺とはちがって、圭太にはこの世界でやるべきことがある。そのために二つの世界を行き来してる。風の守護者としての仕事をまっとうしようとしてる圭太の邪魔になることはしたくなかった。役目だけに集中してもらいたい。 「お前……」  圭太はなにかを言おうとして口を開いたけど、俺の後ろに視線をとめると表情を強ばらせる。  そしてすぐさま俺の後ろ手首を掴んで強い力で引っぱると、覆い被さってきた。 「!?」  突然のことに目を白黒させていると、すぐ近くでドオンッという轟音がした。地面が揺れて、空気がビリビリと震える。とんできた土や小石がいくつか頬をかすめた。  真っ白になった頭で音がした方へ首を回した俺は、目の前の光景に絶句する。  俺たちの立っているところから二、三メートル横にずれた地面が、きれいな円を描いて抉れていた。  もうもうと砂煙が舞いあがるそこを信じられない気持ちで見つめていると、険を帯びた声が耳に届く。 「いつまでくっついているんだ」 「お、オーギュスタン……?」  振りかえると、手のひらを前に翳したオーギュスタンと目が合う。  い、今のオーギュスタンが……? え? なにしたの。  恐らく魔法なんだろう。それも、攻撃するタイプの。  ――――いやいやいや。待ってどういうことだよ。  今すっごく危なかったよな。本気で当てるつもりはなかったと思うけど、地面がふっとんでるし、これが数メートル横にずれてたらまちがいなく大怪我をしていた。いや、大怪我どころかもはや死ぬレベルだ。  冷や汗を掻きながら穴と、それをつくった人物とを交互に見比べていると、翳していた手をおろしたオーギュスタンがふたたび口を開く。 「ハルト。来い」 「!」  強くはっきりとした声で呼び、手を差しだしてくるオーギュスタン。その手を見つめながら俺は逡巡する。  元々ノワールのお城には戻るつもりでいたけど、今までになく狂暴なオーギュスタンに戸惑いを隠せなかった。  隣にあるクレーターにちらりと目を向けて、思わず圭太にしがみつく。  それを認めたオーギュスタンの眉間にグッと深い皺がきざまれた。空気がピリピリと震えて、地面から小石が浮きあがりオーギュスタンの周りを取り囲む。 「!? ひぇっ」  またなんらかの魔法が発動しそうな気配に、俺は慌てて圭太から離れるとオーギュスタンに駆けよった。 「ちょ、待った待ったストーップ! 落ち着けっ」  両手を振りながらオーギュスタンから圭太を遮るように立つと、なんとか臨戦態勢のオーギュスタンを静めようと試みる。 「おっ……お前なにしてんの!?」 「……」 「危ないだろっ」  黒い瞳をまっすぐ見つめながら咎めると、宙に浮かんでいた小石たちがパラパラと地面に落ちていく。それに戦意喪失を悟ってほっと胸を撫でおろしていると、オーギュスタンの長い腕が伸びてきて、がっちりとホールドされた。 「わわっ」  ぎゅう、と両腕に力をこめられて顔が逞しい胸に押しつけられる。なんだなんだと戸惑っていると、上からちいさなため息が聴こえた。それに合わせてオーギュスタンのからだからゆっくりと力が抜けていく。 「なに……? どうしたんだ」  理解不能な言動が続いたことに対して控えめに問うと、俺の肩に額を押しつけていたオーギュスタンが顔をあげる。腕は腰に回ったまま、二人の間に少しだけ距離が開いた。  それに少しだけ安堵していると、目の前に影が落ちて視界いっぱいにオーギュスタンの顔が現れた。よくわからないうちに、唇にやわらかい感触がする。 「!?」  ふわふわしたものが何度か唇を啄んだ。唐突すぎる接触に硬直していると、ぐいと顎を持ちあげられる。角度を変えてふたたび唇を寄せてきたオーギュスタンに、俺はパクリと食べられた。 「んン!?」  深くなった口づけにようやく我に返ると、目の前にある胸を両手で押しやる。 「んむ~ッ!」  だけど離れるどころか、逆に温かいものが歯列を割って潜りこんできた。さらっとした感触のそれは無遠慮に中へ入っていると、奥で縮こまっていた俺のものにそっと触れてくる。 「!!」  それとほぼ同時に渾身の力で両腕をつっぱった。  今度は突き離すことに成功して、唇を拭いながらオーギュスタンを睨みつける。 「……っ、~~ッ」  いきなりなんてことをするんだ、と文句を言おうとしたところで、突然辺りが風に包まれる。見覚えのあるそれは風の移動魔法だった。 「な……!」  慌てて圭太がいる方へ首を回すと、呆気にとられた表情の幼馴染みがこちらを見ていた。 「けい――」  名前を叫ぼうとして、けれど言いきる前に厚みを増した豪風に遮られてなにも見えなくなる。  風がやむと、俺たちはノワールのお城のバルコニーに立っていた。  それまでしっかりと回されていた腕がするりと離れていく。それに我に返ると、すぐさまオーギュスタンに食ってかかる。 「っなんで!」 「あいつか」  発しようとした文句はオーギュスタンに被せられて最後まで言えずに終わった。途中で邪魔されたことと、これまでの暴挙が合わさって怒りのボルテージが急上昇する。 「あいつが、お前の大切な相手とやらか」  けれど平坦な声で続けられた言葉に、俺の怒りは霧散した。  

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