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王子様×約束×羞恥
オーギュスタンに俺の想い人が圭太だと言い当てられて、狼狽える。
なぜだか気持ちがオーギュスタンに知られていた。
どうして。どのタイミングで? だって、オーギュスタンと圭太が顔を合わせたのなんてほんのわずかな時間だし、思い返してみてもそんな短時間で悟られるような真似をした記憶はない。
なのになぜだかバレている。これは由々しき事態だった。
「な、なんでそう思うんだ……?」
「そう見えたからだ」
動揺を押し殺しながらなんとか尋ねると、返されたのは短い答えで。それに頭を抱えこむ。
え、ちょっと待って。それって、単にオーギュスタンの洞察力が優れているのか、はたまた自分でも気づかないうちに圭太への好意があからさまに態度にでてしまっていたのか。どっちだよ!?
前者はまだしも後者はまずいだろう!
恥ずかしさやら気まずさやらいろいろな感情がない交ぜになって、赤くなったり青くなったりしていると、オーギュスタンに最初の質問の答えを急かされた。
「どうなんだ。答えろ」
どこか非難めいた響きに、眉根を寄せる。
待てよ。なんかコレ浮気を責められているみたいになってないか……? いやいやいや。結婚はしていても俺たちは恋愛関係じゃないし、俺が圭太を好きなことに対してオーギュスタンがどうこう言う筋合いはないはずだ。
「お、俺が誰を好きでも関係ないだろ」
腹がたってきて、突き離すように言うとフイと顔を逸らす。
最初に好きな相手がいても関係ないと言ったのはオーギュスタンだ。関係がないなら、俺が誰を好きだろうと知る必要はないと思う。
だいたいさっきも魔法で攻撃したり、無断でキスしてきたり、俺に断りもなくノワールに戻ってきたりと勝手なことばっかりしたくせに、なんでこっちが悪者みたいな空気になってるんだ? なんか納得できない!
口をへの字に曲げていると、隣で息を吐く気配がした。
ため息をつきたいのはこっちだという気持ちをこめて視線を上げると、長い睫毛に縁取られた黒い眸とかち合う。
「……湖へ戻ると姿が見当たらず、微精霊たちはお前が連れ去られたと口々に訴えてきた」
「へ?」
いきなりなんの話かと首を捻って、けれどすぐにそれが圭太が迎えに来てくれた直後のことだと思い至る。
「すぐに風の魔力の残り香を辿って捜しあてると、見知らぬ男と親しげにしているお前がいた」
わずかに眉間に皺を寄せて睫毛を伏せるオーギュスタンは、苦悩しているような、いらだっているような、そんななんともいえない感情を端正な顔に乗せていた。
「それを目にした途端、無性に腹がたった」
「え」
「同時に、お前がいなくなることに恐れを感じた。……地の魔法で威嚇したのは、どうにかしてお前とあの者を離したかったからだ」
「……っ」
まさかオーギュスタンの口からそんな言葉が出てくるとは思わず、戸惑う。
ど、どういうこと? 離したかったって……。いや、でも威嚇でもあんなことしちゃだめだろ。地面抉れてたし! すごく怖かったし!
「あのまま私が来なければ、お前はあの男と行くつもりだったのか?」
静かに問いかけられて、心臓がおかしな方向に跳ねる。
「それは」
……ちがう。
元の世界に帰るにはノワールにいる必要があったから、圭太についていくつもりはなかった。だからそのとおり“ちがう”と答えればよかったのに、言葉にすることを躊躇ってしまう。
元の世界に帰れる保証さえなければ、あのとき俺はまちがいなく圭太について行っていただろう。
そう断言することができたから、オーギュスタンの言葉を否定しても嘘臭く聞こえそうで、なにも言えなかった。
なぜだかオーギュスタンより圭太を選ぶことを、後ろめたく感じていた。
いや。これまでのことを考えたらオーギュスタンに遠慮なんてする必要はない。ないはずなのに、今のオーギュスタンはいつものオーギュスタンじゃないみたいで、なんだか調子が狂ってしまう。
結局質問には答えられなくて、オーギュスタンからもそれ以上重ねて聞かれることはなかった。
「ハルト」
「っ、あ……なに?」
耳のすぐ側で名前を呼ばれてビクリと肩を竦める。オーギュスタンはそんな俺にわずかに目を細めた。
「あの男に会うなとは言わない」
「……」
「だからもう、私に黙っていなくなるな」
硬い皮膚で覆われた手が俺の手に触れて、そのままそっと握られる。
「っ」
驚いてオーギュスタンを見上げると、すぐ近くに真剣な表情があって慌てて視線を落とす。
「ハルト」
「――っ、わか……わかった!」
返事を求められて、やけくそのように頷いた。
正直なところオーギュスタンがなにを言っているのかはあまり頭に入ってきていなくて。ただこの恥ずかしい状況から解放されたい一心だった。
「約束だ」
返答に満足したのか、オーギュスタンは安堵したように肩から力を抜くと表情をやわらげる。
俺は力が緩んだ隙に握られていた手をひっこ抜くと、オーギュスタンから素早く距離をとった。
こいつ、こんな恥ずかしいことを言ったりやったりする奴だったっけ!?
なんかちがう。こんなのオーギュスタンじゃない、と恐れ慄きながらさっきまで握られていた手を守るように、もう一方の手で包みこむ。
どっと疲れが押し寄せてきた。
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