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幼馴染み×不機嫌×混乱

   部屋にひとりきりになると、ベッドに寝転がる。それからいまだに落ち着かない心臓を宥めようと、二、三回深呼吸を繰り返した。  さっきのアレはなんだったんだ。  よくわからないけどものすごく恥ずかしかった。あれオーギュスタンだよな……? まさかオーギュスタンの被りものをした別の誰かじゃないよな?  そんなありえないことを疑ってしまうくらい、数分前のオーギュスタンの行動に動揺していた。 「……」  水の精霊はオーギュスタンが人と関わることを避けてるって言っていたし、おそらく、今一番オーギュスタンと関わりを持っている人間は俺なんだろうとは思う。まがりなりにとはいえ結婚してるんだから当然といえばそうなんだけど。  そういう理由から、オーギュスタンは俺がいなくなることを多少寂しいと思ってくれてるってこと……なのか? 「なんかしっくりこないけど」  いや、だってオーギュスタンだし。精霊たち相手ならともかく俺にそんなこと思ったりするかなあ? やっぱりあれはオーギュスタンの被りものをした偽者なんじゃ。 「ううーん」  わからないけど、儀式のあとくらいから当たりがやわらかくなったような感じはある。ちょっと気持ち悪さを覚えるくらいに。  なんでだろう?  ――――あー! もう、考えたけど全然わからない!  考えれば考えるほど余計に頭の中がこんがらがってきて、悶えながらベッドの上を転げ回る。ひとしきり暴れたあと息切れしていると、ふと顔に影が落ちた。  そして直後、顔の横すれすれに何かがドスッと音をたてて降ってくる。 「!?」  シーツに皺をつくっているソレに目を向けると、そこには某有名スポーツメーカーの靴下を履いた足がひとつ。視線をそのまま上へ滑らせると、ベッドの横から見慣れた顔が鋭い目でこちらを覗きこんでいた。 「さっきからコロコロコロコロ転がって忙しねーな。もうちょっと大人しくできないのか」  毎度突然現れては驚かされる相手。これが三度目だったとしても、やっぱりいきなり出てこられれば驚く。 「ええと」  しかも表情が恐いとなれば余計だ。 「け、圭太? ブランに帰ったんじゃ……?」  冷や汗を流しながら尋ねると、不機嫌そうに細められていた圭太の目がさらに細くなって、寝ころんだまま跳びあがる。 「ああいう別れ方しておいて、さっさと国に帰るほど薄情なやつだと思ってんのか よ!」 「いひゃひゃひゃひゃ!」  か、|よ(・)のところで容赦なく左頬をひっぱられて、痛みのあまり涙目になる。 「どっこが大丈夫だあ~?」 「いひゃ……っいひゃひよけいはぁ」 「全っ然大丈夫じゃねーじゃん!」  圭太が大層立腹した様子でぐいぐい頬の肉をひっぱってくる。それが痛すぎて返事すらできない。  お願い、待って。ちゃんと話を聞くから解放してほしい。圭太はなにをこんなに怒っているのか。  なんとか手を引き剥がした俺は、いまだ痛みを訴える頬を労りつつ神出鬼没な幼馴染みを見上げた。 「だ、大丈夫じゃないって……なんの話?」  わけがわからなくて尋ねると、圭太は器用に片方の眉を跳ねあげて今度は額にチョップをお見舞いしてくる。 「っあいた!」 「お前の脳みそは、今日なにがあったのかも忘れるほどツルッツルなのかよ」  つい先刻の去り際の話だよと続けられて、俺はじんじんと痛む額を撫でながら言葉の意味を咀嚼する。  去り際? そういえばこっちに戻ってくる直前、オーギュスタンになんかとんでもないことをされた、ような……。  とんでもないこと。 「ああああーっ!?」  思い出したとたん全身から冷や汗が流れでる。オーギュスタンのことに気をとられていて、大問題をすっかり忘れていた。  別れ際に、圭太の前でオーギュスタンにがっつりキスをかまされていた。  さ、さいあくだ……。 「いやっあれは! ちがうから!」  確かにオーギュスタンは俺にキスをしたかもしれない。けどあれはなにも言わずにいなくなった俺に対しての意趣返しというか、そんな感じで、変な意味はまったくない。断じてない。  男同士のキス現場なんて見せられてさぞやびっくりしただろうけど、俺たちに甘酸っぱいあれこれはない! すんげー誤解だから!  慌てて関係を否定したけど、圭太から向けられたのはとても冷ややかな眼差しだった。 「ちがうって?」 「え」 「なにがちがうんだよ」 「え、いや……その……え?」 「なんなのお前」  感情のこもらない声で無表情に返されて、凍りつく。これまで圭太に怒られることはしょっちゅうあったけれど、ここまで冷たく言葉を投げつけられたのは初めてだった。  ショックのあまり言葉を失ってしまう。 「お前にその気がないのはわかった。で? 相手もそうだってなんで言いきれるんだ」 「……」 「俺にはそうは見えなかったけど。あれ、気に入ってるとかそういうレベルじゃないだろ。そんな能天気な頭でお前本当にあっちの世界に帰れるのかよ。どこが大丈夫なんだ?」  捲したてられて、呆然と圭太を見返す。  え、えと。なんでこんなに怒られているのかまだよく理解できないけど、要するに圭太はオーギュスタンが俺のことを好きだって言いたいのか……?  もしそうなら、オーギュスタンが俺を素直に元の世界に帰すわけがないってこと?  圭太のことだからなにか根拠があって言っているんだろうけど、とても頷けない。オーギュスタンが俺のことを好きな要素がまったく見当たらないからだ。  まず、圭太とオーギュスタンが顔を合わせた時間ってほんの数分だったよな。そんな短時間で普通他人の気持ちなんてわかるもんなの? それとも圭太は普通じゃないからわかるのか?  う、うーん……やばい。ただでさえオーギュスタンのことでこんがらがっていた頭が余計にややこしいことになってきた。  オーギュスタンが俺のことをどう思ってるのかは、とりあえず置いておいてだ。  俺が元の世界に帰ることをオーギュスタンが完全に納得しているかと聞かれると……まあ、わからない。  だって、あんなふうに騙すような真似をしてまで俺を伴侶にしたんだ。それをあっさり帰すって、なんのための結婚だったんだってなるよ。  ただオーギュスタンの考えていることはわからないけど、帰れない心配はしていない。水の精霊が約束をしてくれたからだ。精霊は嘘をつかないようだし、オーギュスタンだって精霊の立場が悪くなるようなことはしないはず。  だからノワールにいたら絶対に元の世界に帰れるって思ってるんだけど、俺なんか、まちがってるのか?  

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