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幼馴染み×不審×告白
「精霊は嘘をつかないんだろ?」
オーギュスタンが精霊は純粋な生き物だって言っていた。そういえば圭太も森で似たようなことを言っていたと思い出し、尋ねてみる。
「ああ」
頷くと、圭太は床に脱ぎ捨てていた靴を拾いあげた。
「確かに精霊は約束を守る。けど横槍が入らないとは限らないだろ。あの第七王子が大人しくしているとは思えねーし、俺はそういう可能性も頭に入れとけって言ってるんだよ」
どうやらあまり、オーギュスタンのことを信用していないらしい。
いや俺だって、オーギュスタンが快く帰してくれる気でいるとまでは思ってない。でもさすがに邪魔まではしないんじゃないか。そう感じて、圭太にも伝えようとした。
「オーギュスタンはさ、いきなり攻撃魔法ぶっぱなしてきたり人の話を聞かなかったりはするけど、そんなに悪い奴じゃないよ」
実は精霊大好きだし。俺を元気づけようとしてくれたり、優しいところもなくはないんだ。
ベッドの端に腰かけて靴を履いていた圭太に、そう控えめに伝えると、心底呆れたように鼻で笑いとばされた。
「お前ってどこまでも平和な脳みそしてるよな」
幼馴染みの含みのある言い方が引っかかって、ムッとする。
なんなんだ。さっきからいちいち言動が攻撃的すぎやしないか? 口が悪いのはいつものことだけど、それにしても今回は酷い。
「なんだよそれ」
「お前が全然わかってないから言ってるんだろ。帰れなくなってもいいっていうんなら好きにすれば?」
ついていけないとばかりに溜め息を吐き、外方を向く圭太。それに拳を握りしめると、喉から声を絞りだす。
「……なんで、そんなふうに言うんだよ」
冷たい態度に少しだけ泣きそうになる。だけど理不尽な思いで投げかけた問いに返されたのは、意外な回答だった。
「お前をあっちの世界に帰すためだろ」
それ以外に何があると躊躇いなく返されて、呼吸をとめる。
「っえ? あ……」
真っ直ぐすぎるくらい真っ直ぐな言葉に心臓を貫かれ、刺された胸の奥がじわりと熱くなった。ドクドクと音をたてる心臓の音を聴きながら、予想外の答えに混乱する。
「実際にどうなるかは別として、少しでも不安要素があるなら警戒するべきだろ。ちがうかよ」
「ちがくは、ない……けど」
「じゃあうだうだ言ってないで素直に頷いとけ」
「う、ん……?」
圭太はブランで交わした、俺を元の世界に帰すという約束を守ろうとしてくれている。そのことに気づいて、さっきまでの下降した気持ちはなんだったのかと思うほど、幸せな気分になった。
どうしよう。嬉しすぎる。現金すぎるだろ俺。
喜んでいられるような状況じゃないのに、どうしても顔が緩んでしまう。せめて圭太にバレないようにと、にやける口許を手のひらで覆ってごまかした。
けど目敏い圭太にすぐに気づかれる。
「なに、にやにやしてんだ。気持ち悪いやつ」
「へへ」
「だからなんだよ」
バレたんならもういいやと開き直った俺に、圭太は得体のしれないものを見る目を向けてくる。調子に乗っている俺は、そんな態度だって全然気にならない。
「いや? お前のそういうとこ好きだなあって思って」
律儀というか、面倒見がいいというか、責任感があるというかそういうところ。
微笑ましい気持ちで、特に深い意味はなく口にした言葉だったけど、圭太はそれをどう受けとめたのか突然表情を強ばらせた。
「――――」
「? 圭太、どうかした」
不自然な挙動に首を傾げる。すると、こちらからさっと視線を逸らした圭太が緩く首を左右に振った。
「あ、いや」
歯切れ悪く言葉を濁しながら、不自然に目を合わせない。
「?」
さっきより顔色が悪くなっている気がする。様子のおかしい圭太に疑問符を浮かべていると、おもむろに幼馴染みの口が開かれる。
「なんでもないから」
「はあ?」
どう見てもなんでもないなんて様子じゃなかった。わけがわからなくて眉を寄せると、圭太の表情が苦々しいものになる。
「本当に、なんでもない」
どこか焦りを滲ませている圭太に益々首を傾げる。いきなり圭太がこんなふうになった原因がわからない。気を悪くさせるようなことを言ったつもりもなかった。
ただ、圭太のことが好きだと伝えただけ。
「……」
あれ?
そこでまた首を傾げた。それからある事実に気がついて、ざっと血の気が引いていく。
あ。……まさか、そういうこと?
「け、圭太? あの、さっきのは別に深い意味はなくて……」
「いやいい、わかってる。それ以上は言わなくていいから」
慌てて言い訳をしようとしたけど、早口に断られて戸惑いが深くなる。
「え……でも」
確かにさっきのはそういう意味で言ったわけじゃないけど、そういう意味で好きじゃないわけじゃなくて……んん? なんかよくわからなくなってきた。
混乱していると、圭太がさっさと話を畳もうとしてくる。
「それよりも俺がさっき言ったこと、忘れるなよ」
まるで、さっきのやりとりをなかったことにするかのようだった。その意味を考えて、思い至った答えに俺は唇を震わせる。
「圭太っ」
広い部屋に響くほど大声で叫ぶと、圭太の肩がぴくりと跳ねる。
「なんでもなくないし話聞けよ」
「温人」
それ以上の話を止めるように名前を呼ばれた。けど俺はまっすぐに圭太を見つめながら、強い調子でその先を続ける。
「お前がなんかおかしいの、もしかして俺が好きだって言ったから?」
「……」
気まずそうに視線をさまよわせる幼馴染みに、やっぱりそうなんだと確信する。これまで違和感をごまかしながらきたけど、ここまでかと覚悟した。
「俺の気持ち……知ってたの」
問いかけると、圭太はなにか不味いものを口にしたようなそんな表情になる。言葉では否定しなかったけど、確かな肯定だった。
それにそっか、と小さくつぶやく。
自分が特殊なんだという自覚はあるし、それを受け入れられる人間とそうでない人間がいることはもちろん知っている。そして、受け入れられる人間の方が少ないことも、わかっていた。
受け入れられない相手に、無理に気持ちを押しつけるなんてことはしたらだめだ。
圭太が嫌がっているのは一目瞭然だった。これ以上気持ちを言葉にするのは控えるべきだ。
そこまでは、納得できた。
ただ。俺は勝手に、圭太は偏見とかそういう目で見るような人間じゃないと思ってたから、圭太の態度はショックだった。
もちろん幼馴染みの恋愛対象が男じゃないことは、これまでの経験からわかっていたし、両想いだなんて考えてもいなかったけど。それでも告白くらいは聞いてもらえるんじゃないかと勝手に思っていた。
「……」
……いや。
ちがうか。
聞いてもらうだけじゃなくて。本当は、応えてもらえるんじゃないかってちょっとだけ期待してた。
圭太にとって自分は、特別な幼馴染みなんだと驕っていたんだ。だから特別な相手にもなれるって……心のどっかで期待していた。
そんなこと、全然ないのに。ばかだ。
圭太にとって俺は、幼馴染み以外のなにものでもなかった。それ以外の気持ちはずっと……迷惑に、感じていたのに。
これまで圭太は無理だとちゃんと態度で示してくれていた。俺はそれからずっと、目を背け続けていたんだ。
「……ごめんな」
やってしまったと、自分自身に呆れながら笑う。生まれてきてこの方、こんな最悪な気分になったことがないくらい、最悪な気分だ。
けどこれを圭太から嫌われる原因にはしたくなかった。だからもう、すっぱりと終わらせようと思った。
「男に変な目でみられて気持ち悪かったよな。もうやめるから、安心していいよ」
そう言ってくしゃりと笑う。
顔の筋肉がひきつって、笑顔に失敗したことに気がついたけど、どうしようもなくてそのまま隠すように俯いた。
「じゃあ。この話はもう終わり」
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