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幼馴染み×本当の気持ち
俺が産まれてすぐに一軒家を建てた両親と、それとほぼ同時期に隣へ越してきた圭太の家族。
同い年の子どもがいることもあってか、両親たちはあっという間に打ち解けたらしい。
その子供である俺たちも自然と仲良くなって、気がつけば圭太とは一緒にいることが当たり前になっていた。
マイペースで我が道を突っ走るタイプの子供だった俺とは反対に、圭太は年齢の割りにませていたようで、親曰く、昔から俺を諌めたり尻拭いをするのは決まって圭太の役割りだったらしい。
小さい頃の記憶は曖昧だけど、頭がよくて頼もしくてちょっと意地悪で、でもたまに優しい圭太が俺にとってヒーローみたいな存在だったことは覚えてる。
とても身近な憧れの相手。ずっとずっとそれこそ人生のほとんど、あいつに片想いしてた。
それが今終わった。
「……」
……やばい。顔があげられない。
いろいろな感情が入り乱れて、頭のなかがぐちゃぐちゃだ。
辛いとか悲しいとかいうマイナスな感情も。十数年間抱えてきた圭太を好きな想いも、どこへやればいいのかわからなくて持て余す。
けど圭太には気を遣わせたくないし、心配させたくもない。だから早くいつもどおりの自分に戻らないといけない。笑わなくても普通でいい。そう言い聞かせて、頬を両側から挟んだ。
いつもの顔。
いつもの顔。
そう意識して顔をあげたのと、ペチンと頭を叩かれたのはほぼ同時だった。
「!?」
驚いて手の持ち主を見れば、そこにはむっつりと顰めっつらの圭太。寄せられた眉の間には深い皺がきざまれている。怒っているような戸惑っているような、どこか焦っているようなそんな複雑な表情だった。
「バカ言うな」
「へ……」
「お前のことが気持ち悪いなんて、思うわけないだろ。変な誤解すんな」
強い眼差しできっぱりと断言されて、俺は息をのむ。
「けいた?」
「ちがう……俺はこういうのを望んでいたわけじゃなくて」
目を瞬 いていると、独り言のように圭太がつぶやく。
小さく首を振り、口を一文字に結んだ圭太はなにかに堪えるような素振りをみせる。それから視線を落とし、またこちらへと目を向けた。
「男を好きになったことはないけど、男同士に差別意識はない。お前が俺のことをそういう意味で好きだって気づいたときも、嫌な感情なんか湧かなかった」
圭太はベッドの端に座ったまま、淡々と言葉を紡いでいく。
「ただ」
「?」
「怖いとは、感じた。お前の口から決定的な言葉が出たら、それで今の関係がおかしくなりそうで怖かった」
だからそういう雰囲気になったときは、わざと話を逸らしたり、避けたりしていたのだと教えられる。
いつも涼しい顔をして落ち着きのある幼馴染みの、こんなに余裕のない様子をはじめて見た。
「そうやって諦めるのを待っていた。けどお前、全然諦めねーし。少し距離を置いたら冷めるんじゃないかとも考えて、わざと会えないような状況を作ってみたりもしたけど、結局効果はなかったみたいだな」
圭太は自嘲するように薄く笑みを浮かべると、肩を竦めた。
そうこうしている間に俺がこっちの世界にきて距離を置くどころじゃなくなった。そう語る幼馴染みを呆然と見つめる。
これまでの圭太の行動が、そんな想いからきていたなんて露ほども想像しなかった。俺はただ自分の気持ちを伝えたいばかりで、圭太の気持ちをまったく考えていなかったことを気づかされる。
「温人は幼馴染みだけど、それだけじゃなくて。もっとこう、身近な……なんていうか、身内っていうか家族みたいな感じなんだよ」
「……」
「俺はお前との関係を変えたくない。いつ終わるかわからないような関係になるつもりもない。今のままじゃダメか?」
ゆっくり噛みしめるように気持ちを伝えられる。穏やかな声だった。
「恋愛感情がなきゃ、お前といられない?」
ほんのりと切なさを滲ませながら問われて、俺はくしゃりと顔を歪める。
告白すらさせてもらえずに振られたときでも涙なんか出なかったのに、今、圭太の気持ちを聞いていたら目の奥がじわりと熱くなった。
ぎゅうと唇を噛みしめる。喉がひきつって苦しくて、鼻の奥がつんとした。
だって、圭太の言葉の端々から伝わってくるんだ。俺のことが大事なんだって、伝わってくるから。堪らない気持ちになって泣けてきた。
水の微精霊から、圭太は俺に恋愛感情がない、それ抜きで大切に思ってるって教えられたときはとてもショックだった。だけど、同じことを圭太から言われた今はまったくちがうように受けとめられた。
心の中が、あたたかいものでいっぱいになる。
「うう……うえ……っ、わかん、ない」
ぼろぼろ涙をこぼしながら首を振った。視界がぼけて圭太の顔も歪む。
正直、これまでずっと圭太のことが好きだったから、そういう感情を抜きにして一緒にいられるかと言われると不安だ。また期待してしまいそうで、怖くもある。
傍にいたいけど今のままじゃダメな気がした。
「待って……俺、ちゃんと……気持ちの整理、するから……っ」
それまでは少し距離が欲しい。圭太とこれからも幼馴染みとして、家族みたいな存在として一緒にいるためには、時間が必要だった。
「少しだけ時間もらえたら……お前の、幼馴染みに、戻るから……」
だから、待って、ほしい。
俺は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、そう伝えた。
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