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王子様×火花×幼馴染み

   嗚咽をこぼしながらぐずぐず鼻を啜っていると、それまで存在しなかったはずの第三者の声が耳に届いた。 「はっきりしない男だな」 「!」  部屋に響いた声に驚いてその持ち主を探せば、扉の前に一度は出ていったはずの相手が立っていた。  コツリコツリとゆっくりとした足取りで近づいてきたオーギュスタンは、俺たちが座っているベッドの前で足を止める。 「オーギュ、スタン……?」  いつの間に部屋に入ってきたんだ? まったく気配に気づかなかった。  戸惑いながら名前を呼ぶと、ちらりと漆黒の瞳がこちらを捉えてすっと逸らされる。圭太を捉えるその瞳には、静かな怒りのようなものが湛えられていた。 「受け入れられないのに傍にいてほしいなど、虫が良すぎるとは思わないか」  低く滑らかな声が圭太を責める。  これに、驚きから目を見張っていた圭太が、我に返ったようにまばたきをした。そうしてベッドを降りると表情を一変させ、オーギュスタンと対峙する。 「……これは俺たちの問題なので。関係のない方は黙っていてもらえますか」 「生憎ハルトは私の伴侶で、この部屋は私の管理下にある。許可なく侵入した輩がよくそんな口を叩けるものだ」  表情なくきっぱりと言い放った圭太に、オーギュスタンが鼻を鳴らした。俺を挟んでベッドの両側で勃発した舌戦に、恐ろしいのと気まずいのとで背筋を凍らせる。  ひいいい。なにこれ圭太もオーギュスタンも怖いんだけど! しかもなんで圭太はオーギュスタンに対して敬語なの。あ、王子様だから……?  いやしかし、慇懃無礼とはこういうことをいうのか。口調は丁寧なのにまったく敬った様子のない圭太に、変な汗をかいてしまう。 「ここには結界を張っていたはずだが……私の移動魔法に紛れてやってきたのか。さすがブランの風の精霊は小賢しいまねをするな」 「ノワール国の第七王子様直々の精霊結界には恐れ入りましたよ。おかげで、なかなかこいつと接触できずに大変でした」 「私は二度、同じ失敗をするつもりはない」  見えない火花のようなものが散っているように見えて、俺はあわあわと二人を見比べた。  これ、森でのときのようにオーギュスタンが攻撃魔法を使って威嚇するなんて事態にはならないよな? 室内でそんな暴挙に出ないと信じたいけど、圭太がこれ以上オーギュスタンを煽ると心配になってくる。どっちも短気なんだもんよ。  どちらかがこの場から離れればこれ以上ヒートアップすることはないんじゃないか、そう考えた俺は慌てて圭太の手を掴んだ。 「圭太っ、お前もう帰れよ。そろそろブランに戻らないとまずいんじゃないのか?」 「!?」  オーギュスタンからこちらへ意識を移した圭太にひとまず安心するも、幼馴染みは帰ることに反発するような様子をみせた。 「なに言って……」 「ああそうだな」  だけど圭太がなにか言うよりも早く、オーギュスタンが俺の言葉に同意する。それから肩を掴まれたかと思うとぐっと引き寄せられた。 「! わっ」  正座していた俺は不意を突かれるかたちで背中からころんとオーギュスタンの方へ倒れこむ。  硬い腹筋にしたたか頭をぶつけて、抗議の意味をこめて上を向くと、冷え冷えとした眼差しがまっすぐ正面を捉えていた。 「泣かせるのなら出ていけ」  その視線の先を追うと、苦々しい表情の圭太がこちらを見つめていた。  俺はさっきまで圭太を掴んでいた手を閉じると、アイコンタクトで立ち去るよう訴える。この二人が一緒にいるのはよくない。  圭太は一瞬だけ痛そうな顔をしたけど唇を結び、くるりと身を翻す。その背中が怒っているのに気がついたけど、この場を離れてくれる気になったことに安堵した。  バルコニーへ消えていくその後ろ姿をじっと見送っていると、乱暴に顎をとられてオーギュスタンの方を向かされる。  なんの心の準備もできていなかった首が、グキリと鈍い音をたてて悲鳴をあげた。 「い……っ! んぐっ」  何事かと考える間もなく顔面を柔らかい布のようなもので覆われて、そのままゴシゴシと拭われる。その容赦のない手つきに口から情けない声が洩れた。 「ふぐ……っ、む、……へぶっ」  恐らく泣いて悲惨なことになっている顔をどうにかしようとしてくれてるんだろうけど、その手つきに問題があった。  ちょっと! 雑っ。拭きかたが雑なんだけど!  機嫌が悪いのか少々乱暴な扱いに、堪らずオーギュスタンの腕をタップして苦痛を訴えると、ようやく解放される。ほっと胸を撫で下ろしていると、オーギュスタンは洗面台がある方向を指差して、一言放った。 「顔が酷い」 「……!」  洗ってこいとジェスチャーされて、ショックを受ける。  顔が酷いって……もうちょっとましな言い方があるんじゃないのか。意味がちがうことはわかってるけど、その言い方だと俺が不細工みたいに聴こえる。いや確かに整ってはいないけども!  地味に傷つきながらも、酷いことになっている自覚はあったから、ベッドから降りて部屋に備えつけてある洗面台へ顔を洗いに向かった。  冷水で顔をきれいにしてからひと息をつき、顔を引き締める。戻るとオーギュスタンはベッドの前からソファに移動していた。 「圭太が来てるって気づいて戻ってきたの?」  オーギュスタンが出ていってからそれほど時間は経っていなかった。圭太がいることに驚いた様子もなかったし、いることがわかったから戻ってきたんだろう。  この疑問を、オーギュスタンは肯定した。 「途中でブランの風の守護者がお前に接触していると、水の微精霊がうるさく喚いて知らせにきた」  なるほど。それでか。  前にお城を抜けて圭太とブランに行ったことやさっきのことがあるから、またいなくなると思われたのかな。そんなつもりは全然なかったんだけど。 「オーギュスタンあのさ。俺はお前に黙って出ていくつもりはないよ。約束、したし」  水の微精霊が誤解していたようだから、もしかしたらオーギュスタンもそう思ったかもしれないと考えて、一応否定しておく。 「そうか」  オーギュスタンはそれに短く答えると、そのまま口を閉ざしてしまった。  

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