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王子様×伴侶×友だち
「は、伴侶として過ごす?」
「ああ」
オーギュスタンが頷いた瞬間、ひゅっと息を吸いこんで声を張り上げた。
「むり! むりむりむりむり」
間髪いれずに否定して、高速で首を左右に振っていると、オーギュスタンの表情が心なしか悲しそうなものへと変わる。
それに気づいて動きを止めた俺は、あたふたとしながら言い訳を並べた。
「……いやっ、その、俺今まで誰とも付き合ったことがないから。ましてや結婚生活なんて未知の世界っていうか、なんていうか。そもそもなにすんの?」
そういう方面に若葉マークの俺にとっては、伴侶として過ごすなんていろいろハードルが高すぎる。
「心配せずともそう複雑なことではない」
「あ……そうなの?」
オーギュスタンから難しいことを要求されているわけではないと聞いて安心したのも束の間、そのあとに告げられた内容に絶句する。
「私だけを見て、私のことだけを考えてくれれば、それ以上のことは求めない」
要求を言いきったオーギュスタンのすっきりとした顔を見つめながら、しばらくのあいだ硬直した。それからゆっくりゆっくり脳みそを起動させて、言葉の意味を咀嚼する。
「え」
ポンポンポンと際限なく頭の中に疑問符が浮かんで、脳内を埋めつくしていく。
待って。それってどういう意味。
導きだされるのは自意識過剰とも思える考えで、すぐさまいやそんなまさかありっこないと打ち消す。
けどそのバカな考えを裏づけるように、圭太からの言葉が頭にフラッシュバックした。
『お前にその気がないのはわかった。で? 相手もそうだってなんで言いきれるんだ』
『俺にはそうは見えなかったけど。あれ、気に入ってるとかそういうレベルじゃないだろ』
背中をすっと一筋、冷や汗が流れ落ちて、ごくりと生唾を飲みこんだ。
もし肯定されたらどうしようなんて思いながら、けれど気づかなかったふりもできなくて、意を決して本人に真偽を確かめることにする。
「オーギュスタンってなんていうか、その、もしかして俺のこと……」
「? なんだ、はっきりと言え」
「いや、だから……ききき嫌いじゃない、よな?」
そこまで言うと、自分のチキンっぷりに堪えきれなくなって両手で顔面を覆い隠す。
バカ! 俺のバカ! 意気地無し! 嫌いじゃないよな? ってなんだよ。いや、でもだけどっ、お前俺のこと好きなの? なんてナルシストなことは訊けない!
オーギュスタンは狐につままれたような表情をしたあと、なにかを考えるように視線を落とした。それからゆっくりと肯定する。
「好き嫌いというものをあまり意識したことはないが、お前を嫌いになったことはない」
思っていたよりもあっさりとした返答に、顔を隠していた手を下ろして恐る恐るオーギュスタンの様子を窺う。
すると、まっすぐにこちらを見下ろすオーギュスタンと目が合ってしまい、気まずさからさっと視線を外せば、握られていた手にほんの少し力がこめられた。
「っ」
ビクリと肩が跳ねる。心臓が口から飛び出しそうだった。
「儀式以降、私はずっとハルトのことを伴侶だと思い接してきた。できることなら形式的なものではなく、そうなれたらと願っている」
そう告白して、オーギュスタンは苦笑いを浮かべる。
「しかしそれは難しいのだろう」
「……っ、それは……」
「お前が望むのなら、元いた場所に戻ることを止めはしない。手助けもしよう。だから帰るまでの間はあの男のことを忘れて、今よりももう少しだけ、私を受け入れてくれないか」
これまでオーギュスタンがなにを考えているのかまったくわからなかった。そのオーギュスタンから初めて聞かされる思い。
「傍にいてほしい」
握られた手のひらからじんわりと熱が伝わってきて、熱くなる。
直接好きだと言葉にされたわけじゃなかった。けどどう考えても告白にしか聞こえない内容に、内側で心臓があり得ないほど暴れ回っている。
ちょっと待って。どうしよう、頭が追いつかない。
そもそも俺、オーギュスタンに好きになってもらえるようなことをした記憶がこれっぽっちもないんだけど。
やっぱり勘違いなんじゃないかと思ったけど、肌を通して伝わってくる熱がそれを否定した。
ひどく混乱していた。正直長年片想いしていた相手に振られたばかりで、まだ次のことなんか考えられない。けど、オーギュスタンとはあと三日しか過ごせないのだと思うと、すぐに断ることもできなかった。
オーギュスタンと俺じゃ住む世界がちがう。
圭太のようにあっちとこっちを行ったり来たりもできないから、向こうに帰ったらもうオーギュスタンとは会えない。
今更ながらそんな当たり前のことに気がついた。
――――そっか。もう会えないんだ。
帰ることばかりに意識が向いていて、そんな単純なことにも頭が回らなかった。あっちの世界に帰ったらオーギュスタンはもちろん、精霊や微精霊とだってお別れだ。
この世界とも。
そう考えたら急に寂しくなってしまう。もちろん帰りたいという気持ちに変わりはなかったけど、俺はこの不思議な世界に少しだけ愛着がわいていた。
「ごめん」
「!」
「やっぱり伴侶として一緒にっていうのは受け入れられないや」
「……そうか」
「けど、友だちとしてならオーギュスタンと一緒に過ごせるよ。オーギュスタンがそれじゃ嫌だっていうなら俺にはどうすることもできないけど」
「友だち?」
「うん」
友だちという言葉に戸惑いを浮かべているオーギュスタンに向かって頷く。
一瞬、オーギュスタンの言う通りに伴侶として過ごしてもいいんじゃないかとも考えた。けど、やっぱり気持ちを返すことができないのに軽々しく了承するべきじゃない。
圭太のことを忘れて、オーギュスタンと伴侶ごっこをするのは俺にとって都合のいいことかもしれない。でもそれは、オーギュスタンを使ってすることじゃないんだ。
どうせ一緒にいるのなら圭太のことは抜きにして、ちゃんとオーギュスタンと向き合いたいと思う。だから“友だち”という提案をした。それならできると思った。
だけど。
「ハルトの言う友だちとは、何をするものなのだ?」
「え」
まさかの問いを浴びせられて、言葉を失う。
真面目な顔でこちらを見つめてくるオーギュスタンに、そういう反応が返ってくるとは予想だにしていなかった俺は大変動揺した。
そういえば、水の精霊の話ではオーギュスタンは人間にあまり興味がなくて、精霊くらいとしかまともに関わっていないんだっけ。まさかここまで酷いとは思わなかったけど。いくらなんでも限度があるだろ。
「えーと……そうだな。一緒に遊んだりとか?」
「遊ぶとは?」
すぐにそう返されて焦る。この世界にDVDやゲームがあるとは思えないし、俺が知っているスポーツをするにしても道具がなさそうだ。他になにか友だち同士ですることといえば……。
「か、買い物とか?」
これなら世界共通で楽しめるんじゃないかと閃いて提案すると、オーギュスタンは納得したように頷いた。
「分かった。ならば明日共に街に下りよう」
こうしてあっさりオーギュスタンと買い物に出かけることが決まった。
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