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文無し×微精霊×提案

  「夜には戻る」  圭太の件で一度は部屋に戻ってきたオーギュスタンだったけど、また出かけるらしい。王子様とは案外忙しいもののようだ。  王子様も遊んで暮らせるわけじゃないんだなと納得していると、不意にこちらをじっと見つめる漆黒の瞳に気づく。 「?」  どうかしたのかと首を傾げると、オーギュスタンが口を開いた。 「私が行ったあとに誰か来ても、部屋には入れるな」  まるで子供に言い聞かせるようなセリフに、目を丸くする。  もしかしてまだ圭太のことを警戒してる? 確かにあんな別れ方にはなったけど、圭太だって隣国のブランの風の守護者だ。幼馴染みだからってそうそう俺にばかり構っていられないと思う。  杞憂だと思いながら曖昧に頷くと、どこかムッとした様子のオーギュスタンが距離を詰めてきた。  褐色の大きな手のひらに両頬を挟まれて上を向かされる。それから額にこつりとオーギュスタンの額が合わせられて、硬直する。 「ちゃんと約束してくれ」  至近距離で、オーギュスタンの瞳が俺を映して揺れている。乞うように迫られて、肌の表面を電流のようなものがぶわりと駆け巡る。  得体のしれない感覚に堪えられなくなった俺は、オーギュスタンの手首を掴み、勢いよく前方に押しやった。これ以上一秒だって触れていたら、いろいろとおかしくなりそうだった。 「わ、わか……った!」  叫ぶように返事をして握っていたオーギュスタンの手首からさっと手を離す。そんな俺にオーギュスタンは心なしか傷ついたような表情を浮かべた。それに罪悪感が広がる。  いや、オーギュスタンが嫌いなんじゃない。だけど距離がっ。距離が近すぎる。そんなナチュラルにおでこを合わせられて平静でなんかいられない……!  俺たちの距離感おかしいよな? あきらかにこれ友だちの距離じゃないよな? そうだよな? と自問していると、どことなくしょんぼりしているオーギュスタンが目についてそれまでの勢いが萎んでいく。 「~~ッ」  お、俺が……悪いのか? 変に意識し過ぎ? 過剰反応?  確かに、オーギュスタンの口からでる言葉にも、こちらを見つめてくる瞳にも、当たり前のように触れてくる指にも、すべてに恥ずかしさを覚える俺はおかしいのかもしれない。  自分の免疫のなさに困惑していると、ガチャリとドアが開かれる音がして顔をあげる。  部屋を出ようとするオーギュスタンの後ろ姿を見つけて、俺は慌てて声をかけた。 「もう行くの?」 「ああ」  足を止めたオーギュスタンがちらりとこちらに視線をくれる。そこにはもう特別に感情は映されてなくて、いつもの冷静なオーギュスタンがいた。  それにほっとすると、気を取りなおして口を開く。 「そっか。いってらっしゃい、また後でな」  気不味い気持ちのまま夜まで顔を会わせないというのも精神的にきつい。オーギュスタンがあまり気にするタイプじゃなくて助かった。  そう思って目の前の男を見ると、さっきとまったく同じ体勢でこちらを見下ろす姿を認めて目を点にする。 「ん? なんか忘れものでもした?」 「……いや」  様子のおかしいオーギュスタンに問いかけると、オーギュスタンは言葉少なにそれを否定して前を向く。 「行ってくる」  また後で。  そう言って、歩きだした。  一人がけのソファに腰かけて絵本を眺めていた俺は、今になって自分が犯した大きな見落としに気がついた。 「まずい。すっかり忘れてた」  入浴中に連れてこられた俺は、当然ながら全裸でこの世界へやってきた。つまり、今は私物をなにひとつ持たない。服すらオーギュスタンから与えられたものだった。  自分から買い物に誘ったっていうのに、俺は無一文だ。買い物に行くのに無一文って……致命的だろ。なんにも買えないじゃんか。  これまで特に不便を感じたことがなかったため、今の今までその事実を忘れていた。自分でもびっくりだ。  せめて服を着てこっちに来ていれば、それを売ってお金にすることができたかもしれないのに。なんでピンポイントで風呂に入ってるときだったんだろう。 「どうしよう、明日までにお金つくるとかむりだよなあ」  過ぎたことを嘆いていてもしょうがないので、今はない知恵を振り絞る。腕を組んだままうんうん考えこんでいると、不意に子供の声が聴こえた。 『ハルトお金ほしいの?』 『お金、いる?』  水の微精霊だ。 「お前たちいたんだ」  俺にはオーギュスタンとちがって精霊たちの姿が見えないから、声を聴いてようやくその存在を認識する。声のする方向からして、どうやら絵本の上にいるっぽい。 『黒の王子いっぱいもってる』 『黒の王子にいえばいい』  口々にオーギュスタンにたかれと提案されて、がっくりと項垂れる。七番目とはいえ一国の王子なんだからそれなりに持っているんだろうけど、オーギュスタンを当てにして買い物をするってどうなんだ。 「う~ん……オーギュスタンにもらうのはちがうかな。そうじゃなくてさ、明日までに自分で稼ぐ方法が何かないかなって考えてたんだ」 『かせぐ』 『かせぐ……』  ダメもとで相談すると、どうやら微精霊も一緒に考えてくれるらしい。無茶なことを言っているのに真剣に考えてくれる微精霊に、なんだかほっこりしてしまう。  しかし明日までに稼ぐというのはやっぱり無理があるか。ないならないで、オーギュスタンの買い物に付き合うのでもいい。異世界の街を見て回るだけでも十分楽しめるだろうし。  そう結論づけていると、水の微精霊が思いついたように可愛らしい声をあげた。 『いし拾う!』 『そうだ石拾う』 『拾った石うる。お金になる』 「石?」  首を傾げると、水の微精霊たちは嬉しそうに話を続ける。 『今日黒の王子といったところ』 『きらきらの石落ちてる』 『それ拾う』  どうやらオーギュスタンに連れていってもらったあの湖の周辺に、お金になる石が落ちているらしい。 『ハルトいく?』 『つれていく?』 「え、行くって今から!? や、助かるけど待って。行くのはオーギュスタンに一言伝えてからな」  さっそくとばかりにあの場所へ向かおうとする水の微精霊たちに目を剥く。勝手にいなくなるなと何度も念押しされているのに無断で出かけられるほど、俺は考えなしじゃない。 『黒の王子きいてくる?』 『よんでくる?』 「そうだな。呼ぶまではしなくていいから、ちょっと聞いてきてもらえるか?」 『はーい!』  オーギュスタンの居場所を知らないのと、勝手に城の中をうろつくなと言われているのもあって水の微精霊たちにお願いすると、微精霊たちは元気よく返事をしてどこかへ飛んでいった。  それから程なくして水の微精霊たちが戻ってくると、オーギュスタンからの伝言を伝えられる。  水の微精霊たちと俺だけで湖へ行くことは却下された。行くならオーギュスタンも同行するって。うん、なんとなく予想はしてた。  ただ今は手が離せないらしく、行くなら明日の午前中になるそうだ。そんなわけで明日は朝の時間帯に石拾いをして、昼から買い物に行くことになった。  

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