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王子様×朝×添い寝

   ちゅんちゅんという小鳥の囀りを聞きながら、はたしてこの世界にもスズメはいるんだろうかと真顔で考える。 「……すー……」 「いやいやいやいや。すー……じゃないし!」  現実逃避から戻された俺は、後ろから体をがっちりホールドして離さない腕をぺちぺちと叩く。すやすやと穏やかに睡眠を貪っているこの腕の持ち主は、言わずもがなオーギュスタンその人だ。  夜には帰ってくると言っていたオーギュスタンだけど結局夜になっても一向に帰ってくる気配がなくて、眠気に負けた俺は先に寝てしまった。  そして朝気づけばこの状況。  一緒のベッドで寝ることは受け入れたものの、こんなに密着して寝る予定じゃなかった。だいたいベッドだって大人が四、五人は横になれそうな広さなのに、なんだってこんなことになってんの! 「ふぬぬ~っ」  どうにかして抜け出せないものかと体を捻っていると、寝ているオーギュスタンの手が幼子をあやすみたいに動かされて、宥められる。  いやいや、ちょっと待て。なんか俺が聞き分けの悪いやつみたいになってるけどおかしいのはオーギュスタンだから! 俺は抱き枕じゃありませんんんー。  腹の下にある腕をぱんぱん叩いて抗議すれば、オーギュスタンが煩わしそうに唸り声をあげる。  しかし絡みついている腕をなんとか引き剥がそうと四苦八苦している俺をよそに、オーギュスタンはあっさりと俺を拘束しなおすと、また安らかな寝息をたてはじめた。 「うそぉ」  寝ている相手にまったく歯が立たないってどういうことだ。どうやら俺の抵抗はオーギュスタンにとって抵抗のうちにも入らないらしい。 「……くそぅ」  やっぱりもう一緒に寝ない。残り少ないとはいえ、毎回こんな状態になるとかむりすぎる。前回といい今回といい、こいつは抱き枕がないと眠れないタイプなのか。それともくっつき虫になる寝相なのか。どっちにしても迷惑すぎる……!  結局抵抗しても敵わないことを悟り、諦めて静かに横になることにした。  けどじっとしていると、密着した部分からじんわりと伝わってくる熱や、規則正しい速度できざまれる鼓動が余計に意識されてとても落ち着かない。  この世界に来るまで、こんなに他人と距離を近くすることなんてなかった。  オーギュスタンの心臓の音とは別にもうひとつ心音が重なって、だんだん大きくなっていく。  ドクンドクンドクン。 「……っ」  その音を振りきるように首を横に振ると、唇を噛む。  ――――もうずっと、心に余裕がない。振り返ると昨日は本当に目まぐるしい一日だったと思う。  圭太に気持ちを伝えたこと。それは俺が求める意味では受けとめてもらえなかったこと。オーギュスタンに側にいてほしいと言われたこと。……それを受け入れられないこと。  これから圭太とどういう風に接していったらいいのかとか、前みたいな関係にちゃんと戻れるのかとか、本当はすごく不安だった。  今は離れているからそうでもないけど、向こうに戻ったらもっとちゃんと向き合わないといけなくなる。そう考えると帰るのが少し怖く感じた。  トク、トク、トクと鳴るオーギュスタンの心音を聞きながら静かに目を閉じる。  振り返ってみると思ったよりも圭太のことを考えずに済んでいる気がした。予想だともっとずっと圭太のことで頭がいっぱいになって、なんにも手につかなくなるんじゃないかと思っていた。 「それって……」  自分の腹に回っている腕を見下ろしながら、全身から力を抜く。  多分、オーギュスタンのおかげなんだろうなあ。  オーギュスタンは俺のなかでとても不思議な立ち位置の相手だ。はじめて会ったのがまさかの風呂場で。親切な人かと思えば部屋に閉じこめられ、かと思えば面倒見のいい男になり。その後は騙されて。二転三転して今のオーギュスタンがいる。  なんとなく後ろの相手の様子が気になって、背を向けていた状態から体を反転させた。向き合うかたちになると、そっと目線を上に滑らせる。  チョコレートにミルクを混ぜたような甘い色の肌。堀の深い顔立ち。闇のような黒い髪と、頬に落とされた長い睫。閉ざされた瞼の奥には、髪と同じ色の宝石のような瞳が隠されているのを知っている。  オーギュスタンの前髪がはらりと一房額を流れて、俺は指先でそれをちょいと避けてやる。  その一拍後、黒曜石の瞳がまっすぐこちらに向けられていた。 「……」 「……」  驚いてオーギュスタンを凝視していると、不意に手のひらが頬へと伸ばされる。労るようにふわりと肌の表面を撫でたそれは、すぐに離れていってしまった。  息をのむ俺に、オーギュスタンが寝起きの掠れた声でつぶやく。 「おはよう」  それから自然なしぐさで額に口づけを落とされる。  驚きで目を見開いていると綿菓子のような柔らかい表情を向けられて、俺はいよいよ言葉を失った。 「何を怒っている?」  水の微精霊のいう“きらきらの石”を黙々と探す俺の背中に、オーギュスタンの呆れたような声がかかる。 「……っ……」  それに動揺して一旦は手を止めたものの、またすぐに作業を再開させた俺にオーギュスタンの表情が険しくなる。 「言いたいことがあるなら、口にしなければ分からない」  重ねて伝えられた内容に俺は唇を震わせた。  誤解だ。別に怒っているわけじゃない。ただ、怒っていないにもかかわらず俺は朝からオーギュスタンと口を利いていなかった。もちろんわざとじゃなくて、オーギュスタンとどう接したらいいかわからなくなってこんなことになっている。  しかしさすがにこの状況はよくないと思い直して、取り敢えず否定しておくことにする。 「怒っては、ない」 「…………そうか。ところでお前は、微精霊のいう“きらきらの石”がどういったものか分かった上で探しているのか?」 「!」  その言葉に湖を覗きこんでいた俺はオーギュスタンを振り返る。 「え、きらきらした石のことじゃないの?」 「言っておくが光っている石を探しても見つからないぞ」 「うそぉ」  まさかの事実に、光る石を探せばいいと思っていた俺はショックを受ける。これまでの時間はなんだったんだ。微精霊の言葉をそのまま受け取ってオーギュスタンに確認しなかったのが原因である。 「きらきらの石とは精霊石のことだ」 「精霊石?」 「精霊や、微精霊の力の欠片でできている。精霊が視える者には光って見えるが、ハルトのように視えない者にはただの石ころにしか見えない」 「!」  それって俺がいくら探したとしても、オーギュスタンの助けなしじゃ絶対に見つからないやつじゃん。  

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