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買い物×サンドウィッチ×憤り
街への移動手段は、お城の馬車では目立つということでオーギュスタンの移動魔法で行くことになった。
オーギュスタンが荷物のように俺をひょいっと抱えあげると例のごとく辺りを風が包みこむ。気がつけば、路地裏らしき場所に降り立っていた。
石畳のうえに下ろされた俺はドキドキと胸を高鳴らせながら、興味津々で辺りを見回す。
ずらりと並ぶ三、四階建の建物は石造りで味わいがあって、上の方ではロープのようなものに干された洗濯物がはためいていた。外国の一風景のような光景に、やはりここは日本ではないのだと改めて感じる。
異世界なんだよなあとしみじみと浸っていると、オーギュスタンの手がさりげなく俺の手を握った。
「そこの道をまっすぐ行くと大通りに出る」
教えられた方に目を向けると、確かに離れたところから賑わいが伝わってくる。
「本当だ!」
俺ははやる気持ちを抑えきれず、オーギュスタンの手を引いてざわめきが聴こえる方へと向かった。
「わぁーっ」
大通りに出て目に飛びこんできたのは、通りを行き交う大勢の人々。それと露店。果物や野菜らしきものから花、アクセサリーなんかの小物類の他、よくわからないものまでいろんなものがあちらこちらに見える。
オーギュスタンに手を引かれながらきょろきょろと忙しなく視線を動かしていると、どこからともなく食欲をそそる美味しそうな匂いが漂ってきた。
芳ばしい肉の焼ける香りに、腹の虫が高らかに空腹を訴える。その音は隣を歩いていたオーギュスタンの耳にも届いたらしく、そっとこちらを見下ろしてきた黒曜石の瞳に居たたまれない気持ちになってしまう。
「腹が減っているのか?」
まじまじと見つめられながら確認され、俺は心のなかで腹の虫を叱った。
おい腹の虫。鳴くにしてももうちょっとお上品に鳴けないのかっ。このっ、恥ずかしいだろ!
「うう。すごくいい匂いがするから……つい」
「もう昼だからな。この匂いはあの店からか」
小さくなって肯定すると、オーギュスタンが行列ができている露店のひとつに目を向けた。どうやら、あそこに腹の虫を刺激する食べものが売っているらしい。
好奇心から連れだって店を覗いてみると、甘辛タレにつけた肉を鉄板で焼いて、たくさんの野菜と一緒に厚みのあるパンで挟んだサンドウィッチが次々とできては売れ、できては売れとしていた。大繁盛だ。
茶色い紙に包まれたそれを受け取った人は、美味しそうにかぶりついては幸せそうにしている。
ついついそんな様子をガン見していると、隣のオーギュスタンが眉を潜めながらつぶやいた。
「しかし、そこそこ並んでいるな」
それから少しだけ考える素振りをとるとこちらに向き直り、なにかを差し出してくる。
握らされたのは丸い銅貨数枚。俺はそれに目を丸くする。
「え、これ……」
「私はそこで精霊石を換金してくるから、お前はここに並んでいろ。こちらの用事が長引くようならあちらにあるベンチで先に食べていて構わない」
どうやらすぐ側の店で換金ができるみたいだ。……だけど。手のなかのお金に視線を落とす。
「買い物が済んだら一人で動きまわるような真似はせず、大人しく待っていろ」
それからこの分の代金は換金後にそこから差し引いておくと告げられて、それならばと頷いた。
「わかった。じゃあお願いしようかな」
俺がお腹を空かせているのを知って、早く食べれるように気を遣ってくれたらしいオーギュスタンにお礼を伝えると、行列の最後尾に並んだ。
並んでいるのは十人ちょっとくらい。俺と同じくらいの歳の男からおばちゃんやおじちゃん、若い女の人や母親につれられた小さい子供まで客層は幅広い。
俺のすぐ前で順番を待っているのは五十代くらいの恰幅のいい女性のふたりで、彼女たちは目まぐるしく話を変えては盛り上がっていた。
内容を聞き流しながらよく話すなあと感心していると、ふいに女性の口から知っている名前が出てきて俺は話に耳を傾ける。
「――――だけどまさか、あのオーギュスタン王子が結婚されるとは思いもよらなかったよ」
「本当! どこのご令息がお相手かは知らないけど、お可哀想にねぇ」
「まったくだよ。あの方の魔力が暴走するようなことがあれば、一番危険なのは身近にいる人間だからね。あたしだったら恐ろしくてとても無理だわ!」
「あたしもだよっ」
青褪めながら両腕をさする女性に、もう一人が頷きながら激しく同意する。
「あんな危険な人間、どこかに閉じこめておけばいいのに。王様はなにをなさってるんだろうね」
怯えと嫌悪の混じったその声が酷く胸に突き刺さって、俺は呆然とふたりの女性を見つめた。
閉じこめろって……? オーギュスタンを? なにそれ。
ショックを受けている俺をよそに、女性たちはオーギュスタンからまた別の話題へと話を移す。けれどその内容はまったく耳に入ってこなかった。
どうしてオーギュスタンがそんなふうに言われなくちゃいけないのかがわからなくて、悲しくなって、腹が立ってくる。
この人たちはオーギュスタンのことをどれだけ知っているんだ? オーギュスタンと会ったことがあるのか。話したことはあるのか。どんな相手かわかって言っているのか。
俺だってオーギュスタンのことをそんなに多く知っているわけじゃない。知らないこともたくさんある。だけど、こんな酷いことを言う相手を許せないと思うくらいには、好意的に思っていた。
「……っ」
ぎゅっと拳に力をこめると目の前のふたりを思いきり睨みつける。そしてひと言文句を言ってやろうと口を開いたときだった。
「おば――」
「おまちどおさん!」
威勢のいい店主の声に俺の声はかき消されてしまう。
いつの間にかすぐ近くまで順番が回ってきていたらしく、ふたりの女性は店主からサンドウィッチを受けとるとご機嫌な様子で列を離れていった。
それを未練たらしく視線で追いかけていると、がっしりとした体格いい髭面の店主が今度は俺に話しかけてくる。
「坊主! 待たせたな。ひとつでいいか?」
「! あ、いや……ふたつください」
「あいよ!」
慌てて指を二本立てて注文すると、店主はできたてをさっと紙袋に詰めて手渡してくれた。
「まいどあり!」
元気な店主に見送られて、俺はとぼとぼとオーギュスタンに指定されていたベンチに向かうと腰をおろす。
あんなに食べるのが待ち遠しくて、楽しみにしていたはずのサンドウィッチなのに、全然口にする気持ちになれなかった。
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