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王子様×お買い物×いきもの
「なんだ。まだ食べていなかったのか」
紙袋を抱えたままベンチでぼんやりしていると、用事を済ませたらしいオーギュスタンが意外そうに声をかけてきた。俺はそれに曖昧に頷くと軽く横にずれて、オーギュスタンが座れるスペースをつくる。
「混雑していて遅くなった」
そのスペースに腰を下ろしながらオーギュスタンが眉尻を落とす。俺はそれに首を振る。
「全然。俺が使う分なのに一人で行かせてごめんな。ありがとう。あ、これオーギュスタンの分もあるから一緒に食べよ」
まだモヤモヤとしたものが胸の奥にわだかまっていたけど、せっかく買い物にきたんだから嫌な感情は引きずらないで楽しもうと思った。
二日後には元の世界に帰る。オーギュスタンと過ごせるのはもうあと少ししかないんだから。
紙袋からオーギュスタンの分を出して手渡し、自分の分を取りだす。茶色い紙に包まれたそれはまだ温かくて、食欲をそそるいい香りがした。
けれどすぐにさっきのふたりの顔がちらちらと頭をよぎって、また気持ちが萎んでしまう。ふかふかでもっちりとしたパンをもそもそと頬張っていると、ふいに視線を感じて隣に首を向ける。
見れば、難しい表情をしたオーギュスタンの瞳が探るようにこちらを窺っていた。
「ん? どうかした」
「何かあったか」
尋ねたはずが、逆に尋ね返されてしまう。
「へ」
「先ほどから様子がおかしい。私がいない間になにかあったのではないか」
「……っ」
まさかこんなに容易く見破られるとは思っていなくて動揺する。本当のことは話せない。どう答えるべきか必死に考えていると、オーギュスタンがふいと視線を横に逸らした。
「おおよそ、街の者が私のことでも噂していたのだろう」
「!」
さして珍しくもないといった様子で核心をついてくるオーギュスタンに、俺は言葉を詰まらせる。それをオーギュスタンは図星と捉えたらしい。
「やはり」
「え……と」
「私のことが怖くなったか?」
予想外の問いかけに眉根を寄せる。質問の意味が理解できなかった。
「なんで? 怖くないよ。お前優しいもん」
どうして俺がオーギュスタンのことを怖がる必要があるんだ。そんなことを聞かれる理由がわからない。きっぱりと否定するとなぜか今度はオーギュスタンが言葉を詰まらせる。
もしかして、さっきの女の人たちの話を聞いた俺が、同じようにオーギュスタンを怖がると思ったのか?
なんとなく心外で、むっと唇を尖らせる。
「オーギュスタンがなにかしたわけじゃないんだろ。そんなの怖がる方がおかしいんだ。そんなやつらの言うことなんか聞く必要ないからな」
やっぱりあのとき追いかけてでも文句を言ってやるべきだった。思い出してムカムカと腹を立てていると、オーギュスタンが苦笑を浮かべる。
「気にしてはいない。他人にどう思われようと興味がない」
「そうか?」
あっさりと告げるオーギュスタンを用心深く窺いながら、相槌をうつ。本当に気にしていないように見える。けど、見えるだけじゃわからない。本人が意識していないだけで傷ついていることもある。
実際にこういうことの積み重ねでオーギュスタンは人との関わりを避けるようになっているし、子供をつくらないことを決めている。
……過去に戻れるんなら、オーギュスタンに酷いことを言ったやつらみんな張り倒してやりたい。
ぐっと唇を噛みしめていると、オーギュスタンがぽつりと言葉を洩らした。
「ただ、お前に怖がられるのは堪えるな」
「……」
そうさらりと告げられて、俺はサンドウィッチを取り落としそうになった。オーギュスタンは恥ずかしいことを臆面もなく言うから、本当に心臓に悪い。
それからサンドウィッチを平らげた俺たちはベンチを離れて街での買い物を再開した。
「何か見たいものはあるか?」
「んーこれっていうのはまだ決まってないんだけど……」
できたら、こっちでお世話になったオーギュスタンになにか贈りものをしたいと考えている。けど困ったことに好みをよく知らなかった。
隣を歩いているオーギュスタンの横顔をちらりと窺う。
オーギュスタンは王子様だし、欲しいものがあれば簡単に手に入りそうだよな。うーん。いや、その前にそもそも物欲がなさそうだ。そんなオーギュスタンに贈り物ってなると結構悩んでしまう。
いい案が思いつかなくてうんうん唸っていた俺は、ふと足を止める。
「……」
「ハルト?」
俺が止まったことで、手を繋いでいたオーギュスタンも自然と歩みを止める。きょろきょろと首を回す俺に、オーギュスタンが不思議そうに口を開く。
「どうかしたのか」
「今なんか……声が聴こえたような気がして」
「声?」
オーギュスタンが首を捻る。ここは大勢の人間が行き交う街中で、もちろん、声ならあちらこちらから聴こえた。だけどそうじゃなくてもっと別の“なにか”だ。
『……た、……けて』
「!」
さっき聴こえた声がふたたび耳に届いて、勢いよくそちらの方向へ目を向ける。そこにはたくさんの檻があって、そのなかには元の世界では見たこともないような不思議な生きものたちが閉じこめられていた。
「あそこから聴こえる」
店の前では、店主とおぼしき恰幅のいいおじさんがお客さんとなにやら交渉をしている。その横を通り抜けて奥へ入りこんだ俺は、隅っこの方にぞんざいに置かれた檻の前で屈みこむ。
きゅうきゅうと力なく鳴く猫ほどの大きさの、羽の生えた黒い生きもの。なぜか酷く元気がないようだった。
『……たす、けて……』
「竜種の子供か。弱っているようだな」
「竜!?」
オーギュスタンの言葉に驚いて、檻のなかでぐったりとしている黒い竜に視線を戻す。俺がさっきから聴こえていた助けを求める声の主は、この子だ。
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