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王子様×竜の子×条件

「黒竜は本来なら、親が子に魔力を分け与えながら育てるようだ」 「じゃあ飼い主を捜すよりも、この子の親を捜した方がいいのかな」  人間が相手だと今回のようにまた魔力不足になってしまう可能性が大きい。それなら難しくてもちゃんと親元に返した方がいいのかもしれない。  そう考えたんだけど、オーギュスタンは首を横に振った。 「いや……野性の竜は人の匂いのついた竜を嫌う。親もとに戻したところで二度と育てることはないだろう」  それに珍しい種だから数日で見つかるものではないとも教えられる。 「! そんな」  伝えられた事実に、オーギュスタンの腕の中で眠る竜の子に視線を移した。  人の勝手で浚われて親と引き離されて、あんなに弱って。この子は全然悪くないのに、なのに親元に帰ることもできないなんてあんまりだ。  ショックを受けているところへ、オーギュスタンから更なる情報が与えられる。 「それと飼い主だが、魔力が主食の竜となるとただの人には荷が重い。下手をすれば飼い主が魔力不足になる危険性すらある。この短期間で捜すのはどう考えても困難だ」 「……」  どこまでも甘く考えていた自分の足りなさに、苦々しい気持ちになる。  ただの竜ならまだ可能性があったかもしれない。けど特殊な性質を持つ竜だったため、さらに引き取り手を見つけるハードルがあがっていた。  今日、明日中に引き取り手を見つけないとこの子は一人ぼっちで死んでしまう。そこでようやく、自分の行いがなにも知らず竜を弱らせた店主とさほど変わらないことに気がついた。  オーギュスタンの言うとおりだ。よく知りもしないのに手を伸ばして、結果責任がとれませんでしたなんて、どうしようもない。  諦めたくはなかった。だけどこの子を引き取ることで飼い主に命の危険があるなら、不用意なこともできない。八方塞がりに陥って唇を噛みしめる。  はじめに降り立った路地裏に到着すると、足を止めたオーギュスタンがおもむろに口を開いた。 「これの面倒を、私が見ても構わない」 「え?」  まさかオーギュスタンの口からそんな言葉が出てくるなんて思いもよらず、横顔を凝視する。 「幸い私には分け与えてもあり余るほどの魔力がある。魔力不足になる心配はない」 「ほ、本当に……っ?」  まさかの申し出に、俺は身を乗りだしてオーギュスタンの袖を掴む。竜の子の命が助かる。そのことがひどく嬉しくて、涙がでそうになった。 「ああ。……ただしいくらお前が私の伴侶といえど、無条件というわけにはいかない」  竜の子を育てるのは安請合いできるものではないと告げられて、確かにそうだと思った。竜の子をあの店から引き取ったのは俺だ。オーギュスタンに押しつけるのではなく、責任はちゃんと取りたい。だからしっかりと頷いた。 「わかった。俺にできることならなんでもする」  ただ、オーギュスタンが俺になにを求めてくるのか、想像ができなくて少し怖い気もする。その半面で、条件にしてまで叶えたい願いごとというものにも興味を覚えた。 「条件ってどんなこと?」  尋ねると一瞬、オーギュスタンの表情が歪んだ。 「……帰るな」  一言伝えられて目を瞠る。 「ここに残ってくれ」 「っ……それは」  無理だ。  それはとても無理な頼みだった。だけどさっき垣間見えたオーギュスタンの悲痛な顔が脳裏を過って、最後まで言葉にならない。  しばらく沈黙が流れて、オーギュスタンがふっと小さく笑う気配がした。 「今のはただ口にしてみただけだ。無理を言った、本気にするな」 「え」  苦く笑うオーギュスタンが、さっきの言葉を冗談にして片づける。でも俺はそれが冗談なんかじゃないということがわかってしまった。帰るなと言ったときのオーギュスタンの目が本気だったから。  罪悪感に打ちのめされていると、オーギュスタンの手が頬に触れてくる。 「?」  見上げると、黒曜石の瞳が静かにこちらを見おろしている。その奥にわずかな熱を見つけて動揺した。 「ハルトに触れたい」 「……っ」 「それが竜の子を引き取る条件だ」  はっきりと伝えられて、息をするのを忘れる。  さ、触りたいって……どういう意味だ。  さきほど伝えられた条件とはちがう意味で衝撃的な内容に、心臓が早鐘を打つ。耳が熱を孕んでじんじんとする。そんな俺に触れていた手は頬をひと撫ですると、するりと離れた。 「この竜の子のために買い物の中断を余儀なくされた。お前の残りの時間も、全部竜の子のために使うという」  オーギュスタンの指摘に、はっとする。やってしまったと冷や汗をかいた。  そうだ。竜の子のことで頭がいっぱいで、オーギュスタンとの時間を蔑ろにしてしまっていた。一緒に過ごせるのは残りもうわずかで、その時間を全部欲しいとまでお願いされていたのに。  もうすぐ向こうに帰る。オーギュスタンとは二度と会えない。それはわかっていたつもりだったのに、このままずっとオーギュスタンと一緒にいるような感覚でいた。  いつの間にか隣にいることが当たり前になっていたんだと気づかされる。 「少しくらい私のことだけを考える時間をもらっても罰は当たらないだろう」  オーギュスタンの言い分はよくわかる。よく、わかったんだけど……。 「ええと、触るっていうのは具体的にどういう……?」  気になっていたことを小声で尋ねると、事もなげに返される。 「すべては望んでいない。手と唇で、触れられれば」  オーギュスタンの口からはっきりとそんなことを聞いて、全身が茹だった。どうしよう、と悩んでいると竜の子を抱いている腕とは反対の手で腰を引かれる。  腰を屈めたオーギュスタンの顔が至近距離まで近づいて、それから、唇にふんわりと柔らかい感触がした。いっそ不自然なくらい自然な口づけ。触れるだけで離れたそれから、視線が離せなくなる。 「嫌だったか?」  ぽつりと問いかけられて、俺はじわりと頬を染めた。 「……わ、からない」  それにオーギュスタンの表情が和らいだ。 「分からないというのは、嫌だとは感じなかったと解釈していいか」 「……っ」  強気の発言に眩暈がしたけど、確かにオーギュスタンの言うように嫌悪感はまったくなかった。違和感もなくて、それが逆に納得できなかった。だってオーギュスタンにキスされたのに違和感がないなんて、おかしい。 「ならば構わないだろう」 「で、でも」  続けようとした先は、オーギュスタンから無言で見つめられたことで飲みこんだ。  

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