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王子様×戸惑い×唇
城に戻ってくるとさっそく籠に布を敷き詰めて、竜の子のためにふかふかの寝床を用意した。
スピスピと寝息をたてていた竜の子は、オーギュスタンの手から離れるとむずがるように小さく鳴いたけど、収まりのいい場所を探し当てると体を丸めて再び深い眠りについた。
そのあどけない寝顔に癒されて、ほっこりと心が温まる。
「よかったな……お前。もう大丈夫だぞ」
起こさないように気を遣いながら、しっとりとした鱗を優しく撫でる。そんな俺の隣で、同じく竜の子を見下ろしながらオーギュスタンが口を開いた。
「魔力を与えてもう問題はないと思うが、かなり消耗していたようだから、目覚めるには少し時間がかかるかもしれない」
「そっか……」
檻の中でぐったりとしていた竜の子の姿を思い出す。胸を痛めていると、オーギュスタンの手が伸びてきて頬を撫でられた。
「そんな顔をするな」
その温かさに俺は情けなく眉尻を下げる。
竜の子を助けることができたのは全部オーギュスタンのおかげだ。俺ひとりじゃ、この子を救うことはできなかった。あの店から引き取ったとしても衰弱させてしまっていただろう。
俺の我が儘を窘めながらも最後は受け入れてくれたオーギュスタンには頭が上がらない。
恩返しどころか、面倒事を増やすことになってしまったことが本当に申し訳なくて、自分が情けなくなった。
「オーギュスタン……ありがとう」
オーギュスタンがいてくれてよかった。頬に触れる手にそっと手を重ねて、感謝を伝える。するとオーギュスタンの瞳がわずかに見開かれる。
「買い物も、途中で帰ることになってごめんな」
続けて謝罪をすると、オーギュスタンは小さく「構わない」とつぶやいて黒曜石の瞳を揺らした。
「私も、下心があってのことだ」
「……っ」
その返答に驚いている内に、反対の手で抱き寄せられて、唇を重ねられる。柔らかなオーギュスタンのものが押しつけられたかと思うと、しっとりとして熱いものが唇を割って滑りこんできた。
「ん」
ぴくりと体が震える。突然のことに戸惑い、一瞬どうしようか迷う。けれど俺はオーギュスタンの服を握るとそのまま目蓋を下ろした。
後頭部を支えられたまま床に寝かされて、上から深く口づけられる。触れあったところがじんじんと熱を孕んで、ちゅっと舌先を吸われると鼻から抜けるような声が洩れた。
それにオーギュスタンが唇を離す。
目を開くと、上からじっと見透かすような瞳で見下ろされてどうしようもなく恥ずかしくなる。頬が焼けるように熱い。堪えられなくなって目蓋を伏せると、それを咎めるように頤に指をかけられて上向きにされた。
それからまたオーギュスタンの唇が降ってくると唇を塞がれる。
「ん……、ん」
オーギュスタンのものが俺の口のなかを丁寧に辿った。そっと上顎を擽られると、ぞわりとぞわりと得たいの知れない感覚が広がっていて、苦しくなる。
時折離れては戻ってきて、というのを繰り返されながら、俺はしばらくのあいだオーギュスタンを受けとめ続けた。
「ハルト」
切なげに名前を呼ばれて心臓がきゅん、と締めつけられる。自分でもなんでこんなにおかしな反応をしてしまうのかわからなくて戸惑う。
唇にオーギュスタンの熱のこもった吐息が触れて、間近にあるそこに視線を落とす。しっとりと濡れたそれがついさっきまで自分に触れていたのかと思うともういたたまれなくて、唇を噛んだ。
「……そういう顔をされると、勘違いしそうになる」
「――っ」
抱き締める腕に力をこめられて、息を詰める。
顔を傾けたオーギュスタンが迫ってきて何度めになるかわからない口づけを受ける。俺の心臓は破裂するんじゃないかというくらい暴れまわっていて、このまま気を失ってしまうんじゃないかと思った。
竜の子のためとはいえ、オーギュスタンと……こんな、こんなことをして。友だちだなんてもう言えないんじゃないか。
――――そもそもこれは竜の子のためにしていることなのか? 俺は、竜の子を助けてもらうためにオーギュスタンを受け入れているのか。
それだけ?
解放された唇からはあと吐息を溢しながら考える。だけど、くらくらとする脳のせいでまともな思考が適わない。
「何を考えている」
頬を両手で挟んで上の空を責められる。拗ねたような口調のオーギュスタンをじっと見上げた。
「……オーギュスタン、のこと……」
そのままの事実を答えると、オーギュスタンが大きく目を瞠る。それからなにかに堪えるように口を引き結ぶ。
「お前は」
オーギュスタンがどこか怒ったような表情になって口を開いたときだった。きゅうきゅうとどこからか悲しそうな声が聴こえてきたのは。
『こわいよ。こわいよ。たすけて……』
「!」
竜の子の鳴き声だと気づいた俺は慌ててそちらに首を回す。オーギュスタンもつられたようにそちらに視線をやって、体を起こした。
オーギュスタンに引き起こしてもらうと、籠の中を覗きこむ。
起きたのかと思ったけど、竜の子は目を閉じたままきゅんきゅんと鳴いていた。どうやら魘されているようだ。手を伸ばして撫でてやると、幾分か落ち着いた様子でまた寝息をたてる。
俺は竜の子を布にくるむと籠から出して抱きかかえ、ソファに腰を下ろす。それから安心させるように優しく優しくその背中を撫でてやった。
オーギュスタンも、隣に座って竜の子の様子を見守っている。
そのあともふたりで並んだまま、時折魘される竜の子を宥めてということを繰り返しながら過ごした。
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