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朝×竜の子×警戒

   魔力をもらい、たっぷりと睡眠をとった竜の子は翌朝にはだいぶ体力を回復させたようだった。心なしか顔色というか、鱗に艶がでてきたような気がする。  オーギュスタンはいつものごとくやることがあるらしく、朝から「できる限り早く戻る」と言い残して出ていってしまった。だから今、この部屋には俺と竜の子の二人きりだ。  起きてからというもの、竜の子の様子が気になって仕方のない俺は、何度もソファと竜の子が寝ている寝床を行ったり来たりしていた。  昨夜は魘されていて可哀想だったから、穏やかな寝顔を確認する度に安堵の息を洩らす。  少しだけ寝不足の頭で昨夜のことを思い返していると、寝床からきゅううと小さな鳴き声が聴こえた。  弾かれたように寝床を窺えば、首を持ちあげて寝起きのとろりとした顔で辺りを見回す竜の子と目があう。 「あ」  起きた。 『!』  ぱっと表情を明るくした俺に、竜の子は驚いた様子で体を跳ねあげる。それから上半身を伏せてこちらを威嚇するように唸りだした。  親と引き離され、冷たい檻に閉じこめられて見世物にされたあげく魔力もまともにもらえなくて死にかけたのだから、無理もない反応だ。  痛々しく感じて眉を寄せる。けれどすぐに気持ちを切り替えて竜の子がいる方へ足を向けた。  ほどよく距離を置いた場所で足を止めると、しゃがみこんで目線を寝床の高さに合わせる。 「おはよう。よく眠れたか?」  話しかける声は穏やかさを意識して、できる限り刺激を与えないよう心がけた。態度や表情で自分は竜の子の敵じゃないことをアピールする。けれど、竜の子の警戒はそんなことじゃまったく解かれなかった。 『よるな……っよるな』  牙を剥きだしにして、怯えた様子で布の中へと潜りこむ。がんがんと頭に伝わってくる悲鳴のような叫びに、胸がきりきりと傷んだ。 「わかったこれ以上は近づかない。だから怖がらないで」  一旦、もといた一人がけのソファまで戻ってから絵本を開く。深呼吸をして本の挿し絵に視線を落とすと、そっと顔を上げた。 「俺は温人(はると)。ここは俺とオーギュスタンの部屋だから、ゆっくり寛いでいいよ」  竜が人の言葉を理解できるのかはわからない。けど、俺にはオーギュスタンからもらったこのブレスレットがあった。だから多分、俺の言葉は竜の子にも伝わっていると思う。  正直なところ様子が気になって仕方がない。だけどあまり構い過ぎても警戒心を強めてしまいそうだったから、少し距離を置いて、こちらが危害を加える気のないことをわかってもらうことにした。  そう考えて、また絵本に視線を落とす。  ぺらりとページを捲ると、水彩画のような優しい色合いが視界に広がった。この絵本は俺が退屈しないようにと、オーギュスタンが用意してくれたもののひとつだ。  今眺めているものには様々な精霊、微精霊らしき姿が淡くやわらかなタッチで描かれている。その中でも特に目につくのが水の精霊の姿だ。  文字が読めないから正確な内容はわからないけど、どうやらこの絵本は水の精霊がノワールを恵み豊かな国にしていく物語らしい。  途中まで見たあと、こっそりと竜の子の様子を窺うために視線をあげる。けれど先ほどまで寝床にいたはずの竜の子は、忽然と姿を消していた。 「あれ?」  どこへ行ったのかと辺りを見渡せば、なぜか豪奢なシャンデリアが不自然に揺れている。まさか、と目を凝らすとその上に黒い塊を発見した。  シャンデリアの上から竜の子が不安そうに下を見下ろしている。 「っはあ!?」  いつの間に、なんだってそんなところに乗ってるんだ。確かに寛いでとは言ったけれども……!  絵本を投げ捨てる勢いで慌てて竜の子のもとへ走った俺は、ぶらぶらと不安定に揺れるシャンデリアに悲鳴をあげそうになる。  竜の子の重さにすっかり傾いてしまっているシャンデリアは、下手をすれば竜の子ごと落っこちてしまいそうだった。そんなことになれば、大惨事だ。 「そこから、飛べるかっ?」  竜の子の背中からは翼がはえているし、そんな場所にいるくらいだから飛べるんだと思う。  そう考えて声をかけたけど、すっかり怯えた様子の竜の子はしっかりとシャンデリアの吊り下げ部分にしがみついたまま動こうとしない。  自力ではとてもムリな様子にすぐさま別の方法を考える。 「脚立……は、さすがにここにはないよな。ど、どうしよう」  お城というだけあって天井も高い。俺の身長では、どんなに頑張っても届きそうになかった。 「――――ッ」  届かないんなら、なにか竜の子を受けとめられるようなものはないか。思考を巡らせたあと、自身の着ているゆったりとしたワンピースが目についた。これならと思い、裾の両端を両手で掴む。 「俺が受けとめるから、頑張ってそこから飛び降りられるか?」  ワンピースを救助幕代わりにすると竜の子に声をかける。  正直なところ人間不信の竜の子が俺を頼ってくれるのか、自信がなかった。だけどもう、これくらいしか思いつかなくて、信じてもらうしかなかった。  竜の子と目を合わせながら訴えかけると、迷うような視線が俺の顔とワンピースを行ったり来たりする。それに、俺は言葉を重ねた。 「落とさない。信じてほしい」  絶対受けとめるんだと、裾を握る手に力をこめる。  まっすぐ竜の子を見つめていると、意を決したように前足に体重がかけられる。それから、ぴょんと竜の子が宙を舞ってシャンデリアが大きく揺れた。  ズシリとワンピースを掴む手に加わる重み。子供とはいっても猫ほどの大きさのある竜の子はそれなりに重たくて、さらに重力も合わさって、俺は受けとめた反動で尻餅をついた。  バランスは崩してしまったけど、なんとか小さな体は離さずに済んだ。きゅうと腕のなかで小さな鳴き声がする。そっと竜の子の様子を窺うと、ビー玉みたいなつぶらな瞳がこちらを見上げていた。 「大丈夫?」  問いかけながら抱き上げて、すぐさまケガがないかを確認する。体を触っても特に痛がる素振りもなく大人しくしているから、無傷なのだろう。 「……よかった」  ほうとため息をついたあと、少しだけ怖い顔をつくる。 「危ないから、もうあんなところに乗ったらだめだからな」  言い聞かせると竜の子がしょんぼりと項垂れた。素直に反省する様子をみせる竜の子の背中に、そっと手のひらを滑らせる。 「お前も、起きたら知らない場所で驚いたのかな。ごめんな」  よく考えてみれば当然のことだった。見知らぬ部屋で目が覚めて、なんにも状況がわからなくて戸惑ったにちがいない。 「昨日街でお前を見つけてとても元気がなかったから、俺とオーギュスタンとでここに連れてきたんだ。ここならお腹も減らないし、冷たい檻に入る必要もないよ」  少しでも状況がわかるようにと、昨日あったことを竜の子に伝える。それに竜の子はきょとんとした表情で首を傾げた。 「オーギュスタンは、多分もうすぐ戻ってくるから一緒に待ってような」  もうお昼近い。そろそろ竜の子に魔力を与えるために、一度戻ってきてくれる頃だった。  

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