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水の微精霊×悩み×解決法
オーギュスタンは伝えるだけ伝えると、眠る竜の子をひと撫でして出ていってしまった。
膝から下に力が入らなくてその場に屈みこむ。そのまま両手で顔を押さえ、ため息をついた。頬が焼けるように熱く、くらくらする。
「うー……あー……もう」
俺が好きなのは、フラれてしまったけど圭太だ。なのに竜の子の面倒をみてもらう代わりとはいえ、大変なことを受け入れてしまった。
オーギュスタンにはいろいろとお世話になったから、俺にできることであればお返しをしたい。そうは考えていたけど、まさかこんな展開になるとは想像していなかった。
そもそも圭太のことが好きなのに、オーギュスタンに触れられるのが嫌じゃないってどういうこと。大問題だろ。
もし俺があのとき嫌だと答えていたら、オーギュスタンもきっと無理強いはしなかったはず。なのに拒否できなかった。
信じられない、俺が好きなのは圭太なのに。自分自身のことにもかかわらず訳がわからなくて、途方に暮れてしまう。
「なんなんだ……もう」
蹲って頭を抱えこみ、呻き声をあげる。しばらくそうやって小さくなっていた俺は、唐突にある事実に気づいて顔をあげた。
「そういえば俺、思ったよりも元気だな……」
ずっと好きだった圭太にフラれたのに、予想していたよりも引き摺っていない。それがとても不思議だった。
圭太を好きだという気持ちはもはや俺の一部で、あって当然の感情だ。なのにそんな相手にフラれたにもかかわらず、普段と変わりなく過ごせているのはなぜなのか。
特別な幼馴染みだから、恋愛対象ではなく今のままの関係でいたいと言われた。嬉しさと悲しみが同時に押し寄せてきて、頭の中がぐちゃぐちゃになった。
ちゃんと圭太の幼馴染みに戻れるのかとか、へまをして関係が壊れやしないだろうかとか。すごく心配だった。本気で怖かった。
だけど現在そんな感情は行方不明になっている。初めてその事実に気がついた。
圭太にフラれてから、あっという間に時間が過ぎていった。辛いなんて感じたのはほんの最初だけで、あとは楽しいことばかりだった。
それはきっと。
「……オーギュスタンのおかげだ……」
一人だったら、きっと今もぐずぐずと悩んでいたにちがいない。圭太にフラれたときも。きらきらの石を探しにいったときも。買い物に行って、竜の子を引き取ったときも。ずっとオーギュスタンに助けられている。
助けられてばっかりで、なにも返せていない。だったら、俺が叶えられるオーギュスタンの願いくらい叶えるべきなんじゃないか。
本当はここに残ることが一番なんだろう。帰るなと、ここに残ってほしいと告げてきたときのオーギュスタンの姿が忘れられなくて、唇を噛む。
だけどその願いは叶えることができない。
「……俺も、圭太みたいに世界を行き来できたらよかったのに」
そしたらオーギュスタンとも別れずに済んだ。
そう思うのはオーギュスタンが望んでくれたからだけじゃない。俺もいつの間にか隣にオーギュスタンがいることが当たり前になっていたんだ。甘やかされて、すっかり居心地がよくなっていた。
『ハルト、ハルト』
いっそ自分の世界に連れていけたらいいのになんてバカなことを考えていると、どこからともなく水の微精霊の興奮した声が聞こえた。
「水の微精霊? どうしたんだ」
『おとうさんならなにか知ってるかもっ』
「へ」
『あっちとこっち、行き来する方法!』
「ええ!?」
まさかの内容に素っ頓狂な声が洩れる。さっきの独り言を水の微精霊はしっかりと聞いていたらしい。
『聞きにいこう』
なぜか乗り気になっている水の微精霊を慌てて制止する。
「いや待った待った。方法があるんならすごく知りたいけど、でもオーギュスタンに黙ってここを出るわけにはいかないから」
かといって、水の精霊に会いに行く理由をオーギュスタンに説明するのも躊躇われた。そもそも水の神殿は行こうと思って気軽に訪れることができる場所じゃないはずだ。それに、水の精霊は今俺を帰すための準備で忙しいだろうし……。
いろいろなことが気になって二の足を踏んでしまう。うだうだと悩んでいると、少しだけトーンを落とした水の微精霊の声が耳に届いた。
『黒の王子は、ハルトとはなれたくない』
「!」
『ハルトはちがう?』
今を逃したら、水の精霊から聞きだすタイミングはない。明日になってからじゃもう遅い。だって明日の朝にはあちらへ帰るんだから。
オーギュスタンと別れなくていい方法があるかもしれない。ないかもしれないけど、可能性があるんなら聞くべきじゃないのか?
そう自分を奮いたたせると喉から声を絞りだす。
「……っちがわ、ない」
『じゃあよんでくる』
「えっ。呼んで……!?」
あっさりとした返事が返ってきて、驚いているあいだに水の微精霊は部屋を出ていってしまった。しんと静まり返った部屋に俺は呆然と立ち竦む。
水の微精霊は、本当に水の精霊を呼びに行ってくれたのか……?
――――それから数分後、俺の目の前にはぼんやりと光る球体が浮かんでいた。
『おお、ハルト。結婚式のとき以来になるな』
水の精霊だ。
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