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水の精霊×王子様×絆

   前に水の精霊に会おうとしたときは大変だった。  水の神殿に入るために儀式という名の結婚式に(のぞ)んで、必要な作法やらをオーギュスタンに叩きこまれた。その容赦のなさには、本気で泣きそうになったくらいだ。  それが水の微精霊に頼むと、こんなにもあっさり会うことができるのか……。  あのときは帰ることを反対されていて頼むことができなかったとはいえ、なんだか複雑な気持ちになってしまう。 「久しぶり。俺のことで忙しいのに急に呼び出してごめんなさい」 『構わぬよ。して、どのような用件なのだ?』  不躾に呼び出したにもかかわらず、水の精霊は気分を害した様子もなく穏やかに話をきりだす。水の微精霊からはまだ何も聞いていないらしい。 「その、聞きたいことがあるんだ。守護者みたいにあっちの世界とこっちの世界を行き来できるようになる方法って、あるのかな」  なんとなく調子のいいことを聞いているようで、後ろめたさのようなものを感じながら尋ねると、水の精霊は『おや』とつぶやいてその場でゆっくりと上下した。 『ふむ、なるほどな。片道ではなく二つの世界を自由に行き来できるようになりたいと申すか』 「うん。だからなにか知っていたら教えてほしいんだ」  藁にも縋るような思いで頭を下げる。すると水の精霊は困惑したように口を開いた。 『ううーむ。世界を自由に渡れるのは精霊と絆を結んだ守護者の特権のようなものだから、守護者ではないハルトには不可能な話なのだが』  守護者でなければダメ、そうはっきりと伝えられて落胆する。やっぱり難しいことなんだ。だけど、だからといってすぐに諦めたくはなかった。   「精霊と絆を結ぶ以外に、方法はない?」 『絆はあちらとこちらを結ぶ目印のようなもの。なければ道に迷い、戻れなくなるよ』  それ以外の方法はないと教えられて、唇を引き結ぶ。  けれど水の精霊はしばらく考えこんだあと、また言葉を重ねた。 『しかし、そうさの……精霊は無理だがオーギュスタン程の魔力の持ち主が相手であれば、絆を結べる可能性がなくはない』 「っ本当!?」 『ただし、人が相手の場合は精霊のときほど容易く絆は結べぬよ。お主にその覚悟があるのなら、試してみるのもよかろう』  オーギュスタンと絆を結ぶことができれば、二つの世界を自由に渡れるようになるかもしれない。それを聞いて、希望がみえてくる。  ちょっとでも可能性があるなら試してみたい。そう思って、水の精霊になにをすればいいのかを尋ねる。けど、返された内容は俺の想像を超えたものだった。 『人同士が絆を結ぶためには、相手と交わる必要がある』 「……まじわる?」  意味がよく理解できなくて首を傾げると、水の精霊が俺にもわかるように言いなおす。 『体を繋げるのだ』 「!!」  衝撃的すぎて、噎せそうになった。なんの言葉も発することができずにいると、水の精霊の纏う光がぼんやりと薄くなった。 『猶予はあまりないが、なんのために行き来できるようになりたいのか、よく考えて答えを出した方がよい』 「……」  内容が内容なだけに、すぐには答えを出せそうにない。戸惑う俺に、水の精霊が慈愛に満ちた口調で語りかけてくる。 『ハルト。どういう結論になろうと、我はお主が少しでもオーギュスタンのことを思ってくれたことを嬉しく思うよ。……ありがとう』  水の精霊はそう言い残すと、水の神殿に帰っていった。  ひとりがけのソファに腰かけてぼんやりと考えごとをしていると、腕のなかの竜の子が小さくきゅうと鳴く。しっとりとした黒い鱗に覆われた頭を撫でると、竜の子は気持ちよさそうに目を細めた。  そんな様子が可愛くて唇の端をやんわりと持ちあげる。  すでに外は夜の帳がおりていて、窓の向こうには暗闇が広がっていた。だけど、俺はまだなにも決めることができずにいる。  ただあれからずっと、俺にとってのオーギュスタンはなんなのかを考えていた。 「はぁ……」  そろそろオーギュスタンが戻ってきてもおかしくない頃合いだ。緊張から凝り固まった体を解そうと、深呼吸を繰り返す。  だけどまったく落ち着かない。  もうずっとそわそわとしていて、心が休まらない状態が続いていた。せめてもの救いは竜の子の存在か。この子がいてくれるおかげで精神的にすごく助かっている。 「ありがとうな」 『?』  頬を擦りよせると、竜の子はキョトンとしながらも嬉しそうに尻尾を揺らめかせた。  実をいえば、ここまで緊張しているのは水の精霊から教えてもらったことだけが原因じゃない。昼間オーギュスタンから伝えられたことも、俺の頭を悩ませる要因のひとつだった。 「どうしよう……」  どうするもこうするも、もう受け入れたことだから腹を括るしかないんだけど、俺のキャパシティを大分オーバーしているせいで、もう脳みそと心臓がショート寸前だ。  うんうん唸っていると、ガチャリと部屋の扉が開いて跳び上がる。オーギュスタンの姿を認めると、思わず「ひっ」と声を洩らしてしまった。  この露骨な態度にオーギュスタンは無言でまばたきをして、少しだけ困ったような顔をする。  うああああ。俺のバカバカバカバカあほ! 「おっ、おかえりなさい」  気を取りなおしてソファから降りると、オーギュスタンのもとへ近づく。竜の子もオーギュスタンが戻ってきたことが嬉しいのか、俺の腕を抜け出してオーギュスタンに飛びついた。 「ああ。ただいま」  竜の子を受けとめたオーギュスタンの口許がほんのりと緩んで、笑みが浮かべられる。それがとても優しい表情で、胸の奥が苦しくなった。 「ええっと。あの、その……」  いつもなら深く考えなくても会話ができるのに、なぜか今はなんにも思い浮かばない。動揺しすぎだろと自身につっこむけど、どうしたらいいのか本気でわからなかった。重症だ。 「ハルト」 「! はいっ」  オーギュスタンに話しかけられて、思わず敬語で返事をしてしまう。そんな俺になにを思ったのか、オーギュスタンはいつにない提案をこちらに投げかけた。 「……少し、外に出ないか」  そう言って、バルコニーを指し示した。  

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