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王子様×夜×名前

   オーギュスタンの後に続いてバルコニーに出ると、そこには夜の街並みが広がっていた。お城が高い位置にあることもあって見晴らしがいい。  空も、近い気がする。紺色の画用紙の上に金色の砂をふり撒いたように、微細な星が数えきれないくらいたくさん瞬いていて、思わず手を伸ばしたくなった。 「……きれい……」  感嘆からため息が溢れる。 「こっちの星空ってこんなにきれいだったんだ」  これまで知らずに過ごしてきたことを、とてももったいなく感じた。  オーギュスタンの腕のなかにいる竜の子も興味津々で身を乗りだして、キョロキョロと忙しなく辺りを見回している。そんな可愛らしい仕草に、思わず笑みが溢れた。  そういえば、竜の子の名前をまだ決めてない。  大事なことに気がついてオーギュスタンを振り返る。 「なあ。この子の名前決めてなかったけど、どうする?」  俺が名づけてもいいけど、引き取るのはオーギュスタンなんだから飼い主の意見が優先されるべきだろう。そう思って、まずはオーギュスタンに尋ねた。 「見つけたのはお前だ。好きなように決めて構わない」 「いいの?」 「ああ」  大役を与えられた俺は真剣に考えこむ。  付けるんなら、かっこよくて可愛いのがいい。それでもって竜の子にぴったりの名前。そう考えるとなかなか難しい。 「ううーん……。どんな名前がいいかな」  竜の子の体を撫でながら首を捻ると、竜の子も俺の真似をするように首を傾げる。まんまるとした闇色の瞳に下からかわいく見つめられて、胸がときめいた。 「……あ」  そうだ。 「夜」 「ヨル?」 「うん。夜、にしたい」  この世界の夜の空。きらきらと星が瞬いて、とても美しくて、俺たちを静かに優しく包みこんでくれる大きな存在。安直かもしれないけど、俺にはこの名前がしっくりときた。  ただ、決定する前に本人の意見も聞くことにする。 「お前の名前を考えたよ。夜っていうの。どうかな?」 『……ヨル?』  もし不満なようなら、また考えなおすつもりだ。 『ヨル、ヨル』  けれど俺の心配をよそに気に入ってもらえたらしく、竜の子は確かめるように繰り返し名前をつぶやいて尻尾を揺らす。  それからするんとオーギュスタンの腕から飛びたつと、ご機嫌な様子で辺りを飛び回った。一通りはしゃいだ夜はもとの定位置に戻ってきて、今度はうとうとと船を漕ぎはじめる。  子供だからか、もともとそういう習性なのか、弱っていたからなのかはわからないけど、夜は本当によく眠る。無防備な姿を晒して、すっかりオーギュスタンに気を許しているみたいだ。  オーギュスタンのこと本気で仲間だと思ってるんだよなあ、なんて考えながら、ちょんと軽く頬をつつく。  スピョスピョとおもしろい音をたてる夜がかわいくて破顔する。  そんなことをしているとふいに目の前が暗くなった。あれ、と思っているあいだに唇に柔らかい感触がして。啄むような口づけのあと離れていくそれを、驚きながら視線で追いかける。 「っ、」  暗闇に溶けるような黒曜石の瞳と目があって、一瞬で頬に焼けるような熱を感じた。  ――――不意打ちすぎる。  怯んでいると、さっきまで俺のものと触れあっていた唇に手を添えたオーギュスタンが、なにやら考えるような仕草をする。 「少し風に当たるつもりが、だいぶ冷えてしまったな」  そう言って俺の手をとる。 「え?」 「部屋の中へ戻ろう」  手を引かれ、促されるままオーギュスタンのあとについていく。  部屋の中に入ると、オーギュスタンはすっかり寝入っている夜を丁寧な手つきで寝床に寝かせる。俺はそんな後姿を黙って見守りながら、内心は大変なことになっていた。  さっきの一件で、風にあたって取り戻していたはずの落着きはすっかり行方不明だ。  そうだ。……そうだった。  バルコニーからの景色があんまりきれいだったから一瞬忘れてしまっていた。  これから待ち受けているだろうことを想像して固まっていると、オーギュスタンがこちらを振り返る。 「? どうした」  訝しそうに首を傾げられ、慌てて首を横に振る。 「べ、べつに。なんでもない」 「……そうか。ならば問題ないな」 「!?」  近づいてきたオーギュスタンに抱き寄せられて、顔が爆発するかと思った。 「う、あああの、あの、オーギュスタン……?」  手が、思いっきり腰に回っているんだけど。そんでもってちょっとくっつきすぎじゃないだろうか。 「なんだ」  淡々と返されて、なんだじゃない! と心の中で悲鳴をあげる。心臓に悪いから、こんなふうにさらっと当たり前のように触れてくるの、遠慮してもらいたい。  本当に心臓に悪い。せめて断りをいれてほしい。  あ、いや、やっぱり断らなくていい。それはそれで心臓に悪影響がありそうだ。  混乱してまとまりのないことを考えていると、いつの間にか目の前にオーギュスタンの顔が迫っていた。さっきに続いて、二度目の口づけに驚いて硬直する。 「……っ」  恥ずかし死しそうで、唇が離れるのとほぼ同時に顔を背けた。それからふたたび触れあわせてこようとするオーギュスタンに、待ったをかける。 「ま、まって。まって」  膝から下がガクガクと震えていて、もう自力で立っていられそうにない。そして心臓が痛い。頭がパンクしそうだ。  ちょっと一度落ち着かせてほしい。  

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