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王子様×条件×試練
もう少し心の準備をする時間がほしかったのに、オーギュスタンは頭 を振って応えた。
「待てない」
耳に吐息が触れて、咎めるような声音が鼓膜を揺らす。ひどく熱を孕んだそれに肌が粟立ち、身を竦める。
「……っ、うぁ」
オーギュスタンの行動のひとつひとつに追いつめられた。とうとう膝が折れて、けれど、しっかりと支えられていたおかげで情けなく下に座りこむような事態は避けられる。
ありがたいやら、いたたまれないやらで複雑な気分になっていると、突然体が宙に浮かんだ。
「!?」
気がつけばオーギュスタンに縦抱きにされていて、そのまま隣の部屋に続く扉の前まで連れてこられた。
この先にあるのはオーギュスタンの私室だ。
「今日はこちらで眠る」
「え」
驚いて固まっていた俺に宣言すると、オーギュスタンは扉を開き、中へ足を踏み入れた。
今までは入る機会がなかったから、オーギュスタンの部屋を目にするのはこれが初めてだ。こんな状況じゃなかったら興味津々で観察していたところだけど、今はそんな余裕はまったくない。
落ちないようにしっかりとしがみついていると、月明かりの下でぼんやりと白く浮きあがるシーツの上へそっと降ろされる。まるで壊れ物を扱うようなそんな手つきに、気恥ずかしさを覚えた。
もうずっと、心臓の音が頭に鳴り響いている。
どんどん俺を追いこんでくるオーギュスタンに縋るような眼差しを向けると、その表情が和らぎ、淡く微笑まれる。
「大丈夫だ」
慈しむように頬を撫でられて、苦しかった呼吸が幾分か楽になった。優しく触れてくる手のひらに安心感を覚えながら、ゆっくりと息を吐く。
そうやって、俺が少し落ち着くまで待っていてくれたオーギュスタンだったけど、その親指が物欲しそうに上唇をそっと押しあげる。
「……いいか?」
上から切なげに見下ろされてぞくりと背中が震えた。
ぎこちなく頷くと、オーギュスタンの唇が降ってくる。
「……っ、ん、う」
口内にやわらかく温かなものが滑りこんできて、上顎や頬の裏側を撫でられる。そうして、口のなかを掻き回したそれは奥にひっこんでいた俺のものに絡みつく。
ちゅ、と濡れた音をたてながら離れていくオーギュスタンのものを息を乱しながら見送る。
部屋は灯りが落とされていて薄暗く、窓から差しこむ月明かりだけが視界を照らしていた。お互いの表情がなんとなく判別できるくらいの明るさだ。
部屋が暗くてよかったと、心から思う。多分、今の俺の顔はとても見せられたものじゃない、見苦しいものになっているはずだから。
落ち着かなくてモゾリと体を捩ると、ふくらはぎにオーギュスタンの手のひらが触れる。それにドキリと心臓が跳ねた。
「っ」
すうっと上に滑らされた手によってワンピースが捲れ、普段は隠れている部分が露になっていく。見ていられなくてつい反射で服を押さえると、オーギュスタンの視線がこちらに向けられた。
「だめか」
「……う。は、恥ずかしいから」
「服越しではなく、直接肌に触れたいのだが」
「うう……」
自分でも今更だと思う。裸を見られるのなんて初めてじゃないし、これまではまったく気にしていなかったのに。
なのにここにきて、とんでもない羞恥に見舞われている。
これはどんな試練だ。
頭を抱えていると、踝 にやわらかな感触がして慌てて上体を起こした。そこで信じられない光景を目にして、思わず悲鳴のような声をあげてしまう。
「なにしてんの!?」
踵を持ちあげ、恭しく口づけているオーギュスタンの姿に度肝を抜かれる。止めさせようとすると、今度はふくらはぎにそっと唇を押し当てられた。
「! ……ッ」
言葉を失って、口をはくはくと開閉させる。
その間もオーギュスタンの唇は肌の上を滑り移動する。あちこちに口づけを落とされ時折吸いつかれると、おかしな感覚に苛まれた。
「う、あ……あ。っだめ……」
想像もしなかったことが目の前で繰り広げられている。制止するようにオーギュスタンの胸を片手で押すと、その手まで取られて唇に食まれる。
指先に、歯を立てられた。
「ふ……っ」
視界がじわりと温かなもので滲む。頭がおかしくなりそうだ。
「ハルト」
名前を呼ばれて視線をあげれば、唇が塞がれる。
「ん……、っん」
触れたところが熱くて、溶けてしまいそうだと思った。
オーギュスタンの触れ方は穏やかで優しいのに、まるで嵐みたいで。触れる度に俺の心臓をぐちゃぐちゃに掻き乱していく。
わけがわからなくなっている内にいつの間にか着ていたワンピースが胸の上で蟠っていて、愕然とする。慌てて隠そうとすると、オーギュスタンの手にやんわりと遮られた。
「……」
漆黒の瞳で静かに見下ろされて、渋々観念する。両手を、緩慢な動きで顔の横に投げ出した。
多分俺、オーギュスタンの目に弱いのかもしれない。
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