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幼馴染み×家族×決意

   家に帰ると母さんがエプロン姿で出迎えてくれた。 「あら。おかえり」 「……ただいま」  見慣れたはずの懐かしい顔を前にして、張りつめていたものが解けていく。  顔を合わせるのは数日ぶりだというのに、母親からしてみれば今朝ぶりだというのだから信じられない。 「ケイちゃんから聞いたわよー。もう、お母さんだっていつも家にいるわけじゃないんだから、ちゃんと鍵は持っていきなさいっていつも言ってるでしょ」  どうやらケイコさんからうちの母親に連絡がいっていたらしく、鍵を持って出なかったことを咎められた。 「うん。今度からは気をつける」  腰に手をあててプンプン怒っている母さんにそう返すと、目を丸くされた。 「なあに。今日はやけに素直じゃない、どうしたの?」  いつもはあんまり可愛いげがないのにと不審そうに続けられて、曖昧に首を捻る。  オーギュスタンが俺を帰さなければ、母さんとこうやって会話することもきっとなかった。ついこの間まで当たり前だと思っていた他愛ないやりとり。それが、どれだけ尊いものだったのかを思い知った。 「……ごめん……」 「え?」  親不孝な息子でごめんなさい。  喉元まで出かかった言葉を飲みこんで、ぎこちなく首を左右に振る。 「――ううん。なんでもない」 「?」  きょとりと首を傾げている母を残して、二階の自室へと続く階段をあがった。  部屋に着くと鞄を置き、制服をクローゼットにしまう。それからふとんに潜りこむと身体を小さく丸めた。泣きすぎたせいか頭が少しぼうっとしている。  疲れていた。  今日はもうこのまま動きたくない。  もぞりと寝返りをうつと、感じた違和感に僅かに眉根を寄せた。 「……?」  あちらの世界に行く前までは特に不満に思ったことがなかったベッドが、なんだか狭いと感じる。オーギュスタンと使っていたベッドはムダにでかかったから、そのせいかもしれない。  すっかりあちらの生活に慣れきってしまった身体に思わず苦笑いを溢す。短い時間でこんなになにもかもが変わっていることがおかしくて、苦しかった。  疲れているはずなのに、その日は一睡もできないまま夜が明けた。 「……、朝……?」  ぽつりとつぶやいてベッドから足を下ろす。  最悪と言っていいほどの気分なのに、カーテンを開けると窓の向こう側は清々しいほどに澄んでいた。  眠れなくても朝はきて。学校だってあるから、行く気力が湧かなくても行かなくちゃならない。俺がいくら足を止めて蹲っていても、こちらの生活は待ってはくれなかった。  顔を洗い、歯を磨き、朝食を食べて制服に着替えるといつもより早い時間に家をでる。 「ひでえ顔」  門を閉めて階段を数段下りたところで、聞き慣れた声が耳に届く。  緩慢な動作で顔をあげた先に、昨日喧嘩別れしてたはずの幼馴染みの姿を見つけて、目を瞠った。  高校にあがってからは、ほとんど朝に鉢合わせることのなかった幼馴染み。それなのに今日はなぜか俺の家の前に立っている。 「なんだよ。俺がいたらなんか問題でもあんのか」 「……そうじゃなくって。圭太いつもはもっと早い時間に家出てるじゃん。こんな時間にここにいて大丈夫なのかよ」  今日は少し早い時間に出たけど、圭太はいつもそれよりももっとずっと早い時間に家を出ていた。だから少し心配になる。  だけどそんな心配は杞憂だったようだ。 「もう、早く行く理由はなくなったからな」  スラックスのポケットに両手をつっこんだまま、圭太がぽつりとつぶやく。その意味を理解して動揺していると、圭太の顔が苦いものになる。 「これまで避けてたのは……悪かった」  遅くなるから行こうと促されて、俺たちは駅に向かって歩きだす。一緒に行くといっても、通っている学校は違うから電車を降りるまでになるんだろうけど。  どういう風の吹きまわしだ?  殊勝な態度の圭太にドギマギしてしまう。コンクリートをじっと見つめながらひたすら歩いていると、視線を感じて隣を振り向いた。 「なに?」  無視できなくて尋ねると、仏頂面の圭太が小さく唇を尖らせる。 「昨日怒鳴ったのも悪かったよ。お前があんまりバカだから腹がたったんだ」  謝られているのか、責められているのかよくわからない謝罪だったけど、圭太的には謝ってるんだろう。 「俺だって風の守護者としてブランにいる。あちらの奴らに愛着もある。だから、お前のあちらの人間を思いやる気持ち自体を責めるつもりはない」  例え住んでいる世界がちがったとしても、同じ人間ということに変わりはない。付き合うことで親しみが芽生えることも当然ある、と圭太は続ける。 「けど、お前がこれまで育ってきた世界はここだ。そしてお前はここで一人で生きてきたわけじゃない」  わかるだろと諭されて、俺は瞼を伏せた。 「……うん。そうだな」  それから小さく頷いてみせる。 「俺はまちがってた」  はっきりと口にすると、圭太がどこか安堵した表情になった。  オーギュスタンと離れて、圭太に叱られて、家族の顔を見て、俺は自分の選択がまちがいだったこと気づいた。  生まれ育ったこちらの世界や大切なひとたちを諦めて、あちらの世界に残ろうなんて、そんなことはするべきじゃなかった。  俺がするべきだったのは――。 「どちらか一方を失う道なんて選ばずに、無理だと言われても、両方手にいれる方法を選択するんだった」 「!」 「圭太。俺もうこっちの世界をあきらめたりしないよ。絶対に戻ってくるって約束する。だから」  強い決意を抱きながら圭太を見つめる。 「一緒に向こうに行く方法を、考えてくれないか」  悔しいけど、なんの力も持たない俺ひとりじゃ、どうやっても向こうには行けそうにない。だけど風の精霊と絆を持つ圭太の力を借りることができたなら、手段が見つかるかもしれない。  見つからないかもしれない。けど、なにもしないまま終わるよりはマシだ。  諦めたくない。  絶対に、またオーギュスタンに会うんだ。    俺の頼みに圭太は言葉を失っているようだった。それから少しして復活した圭太が、こちらを探るように見つめる。  真剣な眼差しに怯みそうになりながらも、なんとか視線を合わせたまま逸らさずにいると、圭太が口を開いた。 「絶対に?」 「絶対だよ」 「……なんの考えもなく言ってるんなら論外だぞ」 「こっちに戻る方法はあるよ。それにはオーギュスタンを説得する必要があるけど……絶対に認めてもらう」  言いきると圭太が重々しいため息をついた。 「正直俺は、お前が第七王子に関わるのは反対だ」 「!」 「だけどお前が向こうの世界と関わりを持つようになったのは、元を辿れば俺が原因なんだよな。俺があちらに繋がりを持っていたから、その僅かな繋がりを使って水の微精霊がこちらにやってきた。そこが始まりだった」  圭太は葛藤するように眉根を寄せると、観念したように全身から力を抜き、ため息をつく。 「わかったよ。すっげぇ嫌だけど、今回だけは手伝ってやる」 「! 圭太……っ」 「その代わり絶対ぇ約束守れよ。破ったら死ぬまで許さないからな」 「まもる……っ。必ず戻るって約束する!」  大きく頷いて、俺は圭太に抱きついた。  

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