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幼馴染み
すぐにでも圭太とあちらへ渡る方法を話し合いたかったけど、学校があるためそういうわけにもいかず、朝は渋々圭太と別れた。
久しぶりの学校を上の空で過ごし、放課後になるなり学校を飛びだす。
早く早くと気持ちが急いて、じっとしていられなかった。
あちらとこちらで時間の流れがちがうのなら、俺がこうやって過ごしている内にあちらではどれだけの時間が過ぎているんだろう。
家で着替えを済ませると、母さんにひと声かけて圭太の家に向かう。俺が通っている学校よりも少しだけ距離のある学校に通っている圭太は、当然ながらまだ帰宅していなかった。
しばらく待つとようやく幼馴染みが帰ってきて、俺はケイコさんよりも先に圭太を出迎えた。
「少し落ち着け」
呆れ顔でぺちんと軽く頭を叩かれて、少しだけ冷静さを取り戻す。
連れ立って階段をのぼっていると、先を行っていた圭太がおもむろに口を開いた。
「界渡りについては、風の精霊にコンタクトをとって色々と訊いてみた。渡る方法は片道だけならあるにはあったけど、正直なところ条件は厳しいぞ」
「! っありがとう圭太。それで、その、条件っていうのは……?」
可能性がゼロじゃない。それがわかっただけでも救われた気持ちになる。幼馴染みに感謝しながら、問題だという条件を尋ねた。
圭太は自室の扉を開くと俺に先に中に入るよう促して、それから自分もあとから入ってきて扉を閉める。
「絆なしであちらに渡るには精霊の力と、あとは目印になるものが両方の世界に存在する必要があるんだと」
「目印?」
鞄を置いて、制服の上着を脱いでハンガーにかけながら圭太が肯定する。
「ああ。例えば魔力だな。この場合弱いと目印にならないから、強い魔力が必要だ」
シャツにスラックス姿の圭太がベッドに腰かけて、テーブルの前に座る俺と視線を合わせる。
「魔力……」
強い魔力の持ち主と聞いて、真っ先に思い浮かんだのはオーギュスタンの姿だった。オーギュスタンならきっと、目印として十分な魔力を持っている。あちら側の目印はオーギュスタンで大丈夫なはずだ。
問題はこちら側だった。強い魔力の持ち主なんて、魔力が当たり前じゃないこの世界でどうやって捜せばいいんだろう。
あと、捜す以前に気になっていることがひとつある。
「そもそも、こっちの世界の人間に魔力なんて存在するのか?」
俺はこれまで魔力というものをまったく感じたことがない。でも、もしかしたら使い方がわからないだけで、みんな持っていたりするとか……?
淡い期待を胸に尋ねると、圭太は首を大きく左右に振って否定した。
「しないな」
「!」
「俺もお前もそれ以外の奴らも、この世界の人間は全員魔力なんて持っちゃいねーよ」
きっぱりはっきりと断言する圭太に、じゃあこちら側の目印は一体どうやって用意すればいいんだと途方に暮れる。
初めに圭太が厳しいと言っていたのは、こういうことだったのかと痛感した。確かに、存在しないものを用意するのは厳しい。
頭を悩ませていると、圭太が「そこは問題視しなくてもいいから」と手のひらを振った。
「その前にまず、両方の魔力は同じものじゃないとだめなんだ。だからこっちで強い魔力の持ち主を捜す必要はない」
「同じ……?」
「あちらの目印の魔力が第七王子のものと仮定すると、こちらにも第七王子の魔力必要ってこと」
互いに違う魔力があったとしてもそれは結びつかず、目印にはならないのだという。
「で、でもどちらもっていうのは無理があるんじゃないか? だってオーギュスタンは一人しかいないわけだし」
「本人である必要はねーよ。第七王子の魔力がこめられた“なにか”だったらそれでいい」
オーギュスタンの魔力がこめられたなにか。果たしてそんなものがあっただろうか。
眉根を寄せて考えこんで、一度大きく瞬きをする。
「……あった」
ぽつりと洩らすと、圭太が不可解そうに片方の眉を跳ねあげた。それに今度は強い口調で話す。
「あ、あるよっ。オーギュスタンの魔力がこもったもの!」
信じられない思いで、制服の袖に隠されたそれ を見下ろす。オーギュスタンからもらった翻訳効果のあるブレスレット。そこにはオーギュスタンと同じ黒の色を持つ宝石が嵌まっていた。
「これ、オーギュスタンの魔力の結晶だって言ってた。これなら目印になるんじゃないか?」
全身の血がいっきに熱くなったような錯覚を覚える。寒くもないのに身体が震えた。興奮して息が苦しい。
もしかしたら本当に、またオーギュスタンに会えるかもしれない。
嬉しくて嬉しくて胸が高鳴る。
「それは――そうか……それがあったな。持ってきてたのか」
ブレスレットの存在に目を瞠っていた圭太が納得したようにつぶやいた。それからゆったりと腕を組む。
「目印の他に必要な精霊の力は、風の精霊が手を貸してくれることになった。ただ、問題はまだ片づいてないから喜ぶのは早いぞ」
「え」
これであちらの世界に行けると思っていた俺は、圭太の発言に冷水をぶっかけられたような気分になる。これ以外にどんな問題があるのか。
「お前が転移するだろうノワールの王城には、第七王子が結界を張ってる。風の精霊の力だけじゃ王城の中には入れない」
「あ……」
そういえばオーギュスタンが、お城には水の精霊の力を借りた特別な結界を張っていると話していた。圭太が言っているのは多分それのことだ。
「はじめに王城にお前を迎えに行ったとき、あのときは俺も風の精霊の力で侵入することができたけど、そのあとに第七王子が結界を張り直して以降はお手上げ状態だ」
「転移先って、絶対にお城の中じゃないとだめなの?」
「目印のもとに飛ぶからな。その第七王子は王城を守る役目のために、基本あまり城を離れないらしい」
「そう、なんだ……」
圭太から聞かされたオーギュスタンの話。はじめて知る内容に、自分がオーギュスタンのことをたいして知らないことに気づく。伴侶で、何日も傍にいた自分よりも、圭太の方がオーギュスタンのことを知っている。それがなんだか悔しい。
あちらに戻ることができたら、もっとたくさんオーギュスタンのことを知りたいと強く思った。
それにはまず、どうにかして目の前にある問題を片づけないといけない。
決意すると、なにか城に入るための方法がないかを考えた。
「……」
オーギュスタンの結界は水の精霊が関わってる。ということは、水の精霊に協力してもらえたらどうだろう。
「水の、微精霊?」
圭太に存在を指摘されたときに少し話したきりまったく反応がないから、今も傍にいるのかはわからない。だけどなんとなく近くにいるような気がして、恐る恐る呼んでみた。すると――。
『なあに?』
水の微精霊の可愛らしい声が返事をする。
「! あのっ、あのさ。水の精霊に連絡をとることってできる?」
『おとうさん?』
「うん」
逸る気持ちから言葉につっかえながら尋ねると、水の微精霊はなにかを考えるように黙りこんだ。
『ハルト、おとうさんに黒の王子のところにいくの、手伝ってもらいたい?』
ずっと傍にいたらしい水の微精霊は、説明をしなくても俺がなにをしようとしているのかわかっていた。
「うん、そうっ」
『……ぼくが手伝う』
慌てて首を縦に振ると、水の微精霊がぽつりとつぶやく。
「え?」
『ハルトを黒の王子のところにつれていくの、ぼくも手伝える。手伝いたい』
一生懸命に自分がやると主張してくる水の微精霊に目を丸くしていると、圭太が顎に手を添えながら同意する。
「そうだな……水の微精霊でも、なんとかなるかもしれない」
「!」
『黒の王子と、ハルトの役にたつ。がんばる』
オーギュスタンと俺のために頑張るのだと、やる気を漲らせている水の微精霊を呆然と見つめていた俺は、我に返ると少しだけ泣きそうになった。
胸の奥があたたかいものでいっぱいになる。
「微精霊。ありがとう……」
それから圭太にもう一度風の精霊とコンタクトをとってもらい、あちらに渡る準備を進めた。
向こうにいるときに普段着にしていたワンピースを着て、俺は圭太の家の風呂場に立つ。
隣には圭太。
水の微精霊は俺の肩に乗っていた。
風の精霊は、こちらに来ると変な影響を与えてしまう可能性があるという理由から、あちらの世界にいる。水の精霊たちがそうだったように、離れていても俺を導くことは可能らしい。
「準備はいいな?」
「……うん」
幼馴染みに確認されて、ガチガチに緊張しながら頷く。
「温人」
「うん?」
「約束、絶対に守れよ」
真剣な眼差しで念を押されて、俺は再度頷いた。まっすぐに圭太の瞳を見返す。
「心配ばっかかけてごめん。それと、手伝ってくれて本当にありがとう。絶対にまた戻ってくる」
圭太には迷惑ばっかりかけてしまって、本当に申し訳なく思う。
口が悪くて乱暴なところもあるけど、文句を言いながらもいつも俺を助けてくれるこの幼馴染みは、きっといつまでも俺のヒーローだ。
心のなかでもう一度ありがとうとつぶやく。
「いってきます」
それから、ゆらゆらと揺れる湯船に足を踏み入れた。
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