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幼馴染み×涙×後悔
圭太の部屋に着くなりテーブルの前に座らされる。同じように向かいに腰を下ろした圭太から、さあ早く話せとばかりに圧力をかけられて、俺は帰ってくるまでの経緯をぽつぽつと話しはじめた。
話をしている間圭太の表情はずっと怖いまんまで、それでも途中で口を挟んでくることはなかった。
全部を話し終えると、ようやく圭太が口を開く。
「―――本気で残るつもりだったのか?」
固い声音で尋ねられて、俺はぎこちなく頷く。
「生まれ育った世界よりも、たった数日過ごしただけの異世界の人間を選んだってことだよな」
重ねて確認するように口にした圭太に、言葉を詰まらせる。そのとおりだけどはっきりと肯定することもできなくて、返事を躊躇っていると、圭太が苛立ったように声を荒げた。
「ふざけるな」
「……っ……」
「俺はいいよ、お前が向こうにいても会いにいく手段がある。けど他はそうじゃないだろ。今までお前のこと懸命に育ててくれた親父さんやお袋さんを捨てるのか。お前が帰らなくてあの人たちがどれだけ心を痛めるか、そんなことも想像できないのか。そのときの感情で安易な判断すんな!」
語気荒く矢継ぎ早に言い放つ圭太に、その怒りの程が窺える。
家が隣で親同士も仲が良くて、お互いに家族のように育ってきた。俺が圭太の両親にお世話になっているように、圭太も俺の両親から可愛がられてきた。だからきっと俺の親不孝な行動が許せないんだろう。
圭太が怒るのは当然で、愛情を持って育ててくれた両親に俺はまだなにも恩返しができていない。本当はこれから少しずつでも返していくつもりでいた。
それなのに親孝行どころか突然いなくなって帰らないなんて、薄情どころの話じゃない。――自分でも酷い息子だと思っている。
だけど、俺だって簡単に決めたわけじゃなかった。
「っ考えたよ……考えたに決まってるだろ。両親も友達も、俺を取り巻くひとたちみんな大事に決まってる。オーギュスタンのことも初めはどうしようもないことだって、諦めようとしてた!」
「ならなんでそんなバカな真似したんだ。ちゃんと理解できるように説明してみろよ」
「……でき、なかったんだよ……」
オーギュスタンがもっと自分勝手なやつだったらよかった。そしたらきっと迷わず帰る方を選んだにちがいない。そうじゃないからあんなにも悩んだ。
「圭太にしてみればたった数日かもしれない。だけど俺にはすごく長くて濃い数日だったんだ。オーギュスタンのことは初め全然理解できないことだらけだったけど、本当はすごく、優しいことを知った。あいつ、魔力が多くて周りから怖がられているんだって。俺も実際街であいつの悪口を聴いたけど、でもオーギュスタンはあんな風に言われないといけないほど悪いことはしてないんだよ。精霊が好きで、精霊もオーギュスタンのことが大好きで。俺が辛いときは傍にいて元気をくれたし、困ってるときは助けてくれた」
それに俺がどれだけ救われたかわからない。
「そんなオーギュスタンが、俺に残ってほしいって言ったんだ」
本気にするなって流されたけど、冗談なんかじゃないのはあきらかで。でもそのときの俺は残るとは言えなかった。
――――そうして時間を重ねる内に、気がついたら俺の中でオーギュスタンはとても大きな存在になっていた。
家族も、友達も、みんな大事だ。だけどそれ以上に俺はオーギュスタンの傍にいたいと思ってしまった。
「オーギュスタンが望んでくれていて俺にそれができるなら、叶えたいと思った。俺を一番に思ってくれる相手に気持ちを返したいって……そう、思うのはっ、おかしい……? あそこでオーギュスタンを置いて帰るなんて、俺にはとてもできなかった……っ!」
感情が高ぶるのと同時に、また涙が滲む。それをぐっと堪えて鼻を啜った。
「温人お前……」
自分の行いを、今すごく、後悔している。
オーギュスタンは、絆を結べない理由を俺が困るからだって言っていた。帰したくなくなるからって。俺が好きなのは圭太だろうって。
俺は、もっと早く自分の気持ちを認めて、伝えるべきだったんだ。そうしていたらオーギュスタンはあんな強引な手段は取らなかったかもしれない。
「ごめん……ちょっと、興奮しすぎた。圭太が言うことはよくわかるし、腹をたてるのも仕方ないと思う」
はあ、とゆっくりため息を逃がして、冷静さを取り戻そうとする。
「でも俺、できるなら精霊たちみたいにオーギュスタンの拠りどころのひとつに、なりたいんだ。あいつが穏やかな気持ちで笑える時間が増えるようにしたい。だから、オーギュスタンのいるあの世界に戻りたいと思ってる」
またあいつに会いたい。
……本当に、もう会えないのか?
方法がないと言われても、どうしても諦められなかった。まだなにか他に方法が残されているんじゃないかって、思わずにはいられない。
なにか。
なにか―――。
そう必死で打開策を絞りだしていると、この場から聴こえるはずのない相手の声が耳に届いた。
『……ハルト……』
「!?」
「!」
聞き覚えのある子供の声。これは―――。
「温人お前まさか連れてきたのか」
「連れてって……ええ?」
視線を俺の頭の上に固定する圭太。それに予想が確信に変わる。
「水の、微精霊?」
『……』
そこにいるのだと認識すると、なんとなく気配を感じとれる気がした。圭太がいるからかもじもじとして無口になる水の微精霊に、ふたたびそっと声をかける。
「どうしたんだ? なにか言いたいことがあるのか?」
わざわざついてきたということはなにかしら理由があるんだろう。そう思い尋ねた。
『ハルトの様子が気になった』
「!」
『黒の王子は、こっちにこれないから……』
だから自分が代わりに俺の様子を見るのだと、水の精霊は消え入りそうな声でつぶやく。
『ハルト、元気になって。黒の王子きっとハルトのかなしい顔みたくなくて帰した。だから泣かないで。黒の王子のために、かなしい顔しないで』
一生懸命に訴えかけてくる水の微精霊に、だめだと思っているのに視界がぼやけて滲んでしまう。喉の奥が引き攣れたように苦しくなった。
目から熱いものが溢れかけて、慌てて手のひらで覆う。
「ごめん水の微精霊……。ちょっとだけ、見逃して。これで終わりにするから」
『ハルト……』
戻りたい。オーギュスタンがいる向こうの世界に。だけどどうしたらいい? 俺とオーギュスタンの間には世界を行き来するための絆はない。精霊の力を借りるにしても、水の微精霊だけじゃきっとあちらには行けないだろう。
涙を拭いながら、どうにかしてオーギュスタンのいる世界に戻る方法がないか考える。
だけどなんの力も知識も持たない俺が考えたところで、妙案が浮かぶはずもなかった。
圭太と同じように精霊と絆が結べれば――そう考えて唇を噛む。
「水の精霊は守護者じゃないと精霊と絆を結ぶことはできないって言ってたけど、本当に俺じゃだめなのかな……どうにかして精霊と、」
「……もう諦めろ」
「!」
諦め悪くそんなことを言っていると、途中で硬い声に遮られた。
「水の微精霊 が見えないって時点で、お前に守護者になれる素質はない」
「っ……じゃあ他になにか」
「温人。俺は、もしあちらに渡れる方法があったとしてもお前には絶対に教えないし協力もしない」
圭太はきっぱりと断言する。
「お前がこの世界を捨てて第七王子を選ぶなんてこと、絶っ対ぇ認めねーから。――――頭冷やせよバカ」
言い捨てると圭太は立ち上がって部屋を出ていってしまう。
遠くでケイコさんが圭太に話しかける声と、玄関のドアが開閉する音が聴こえた。
一人取り残された俺の頭の中は、真っ白になっていた。
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