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王子様×お風呂場×伴侶

   オーギュスタンに伝えたかったことは全部話すことができた。怖いのと期待と、相反するような気持ちに胸を占領されながら待つ。  すると掴まれていた肩を解放され、代わりにオーギュスタンに触れていた手をとられた。そうして、まるで壊れものを扱うように触れられる。オーギュスタンの手はわずかに震えていた。  そのことに気づくなり、ぱっと顔をあげる。 「オーギュスタン……?」 「本当に」 「え」 「本当に、あの男よりも私を選ぶというのか」  なにかを(こら)えるような低い声。鋭く細められた眼差しでまっすぐに見下ろされて、一瞬たじろいだけど、すぐに持ちなおす。 「そうだよ。オーギュスタンがいい。俺はもう、オーギュスタンじゃないとだめだ」  もし、すぐには信じられないっていうんなら、信じてもらえるまで何度だって言う。今ならちゃんと伝えられるから。だから焦らずに言う。  二度と会えないかもしれないと思っていたオーギュスタン。その人が目の前にいるのだと改めて実感すると、ぶわりと思いが湧き水のように溢れてくる。  たった一日。会えなかった時間はわずかだったのに、どうしようもなく長く、果てしなく感じられた。 「すごく……オーギュスタンにあいたかった……」  喉から絞りだすように訴えると、勢いよく抱き締められる。  息苦しさを感じるほどきつい抱擁に驚きながらも、そろりと広い背中に手を回す。  しがみついて耳を押しつけると、オーギュスタンの心臓がドクドクと大きく脈を打っていた。目を閉ざしてじっと聞きいる。  やっと自分が求めていた場所に帰ってこられた。そう思ったら瞼の裏側が熱くなって、堰をきったように涙がボロボロと溢れてどうしようもなくなる。 「ハルト」  オーギュスタンの腕が緩んで、歪にゆがんだ視界のまま顔をあげた。  どんな表情をしているかわからない。ただ、俺の名前を呼ぶ声音がひどく優しくて、また涙が溢れてきた。 「どちらも選ぶということは、またあちらに戻るのか」 「……うん。だけどいられる限りは、こっちにいるつもり。あと今はまだ難しいけど、学校を卒業したらこっちに移り住むことも考えてる……」  それまでは毎日一緒は無理でも、できる限りオーギュスタンと過ごしたいと思っていた。  オーギュスタンがそれでもいいって許してくれたら、だけど。 「そうか」  緊張しながら待っていたけど、オーギュスタンから返ってきたのはその一言だけ。  なぜだか納得されて終わってしまった。その後に続く言葉はないんだろうか。それじゃオーギュスタンがどういうつもりでいるのかわからない。  どっち?  不安になって尋ねようとしたところで、ふいに肌寒さを感じて身震いする。むずりとした感覚に両手で鼻を押さえると、クシュンとくしゃみをした。 「うあ……」  目の前のことに夢中ですっかり忘れていたけど、湯船を通してこっちの世界にやってきた俺は全身びしょ濡れだ。そんな俺がしがみついていたオーギュスタンも、もちろん被害を受けている。  やってしまった感が半端なくて、今さらだとは思いながらも慌てて離れようとした。だけどそれは、オーギュスタンによって引き留められてしまう。 「すっかり冷えてしまったな。気がつかなくてすまない、体を温めた方がよさそうだ」  そう言って軽々と横抱きにされる。 「わっ。あああ、あのオーギュスタン……?」 「どうした」  突然のことに動揺しまくりながら声をかけると、オーギュスタンが首を傾げる。 「いやその……ごめん。俺のせいですごい濡れてる」 「構わない」  淡々と返すオーギュスタンに、俺が構うんだと思いながらもそれ以上はなにも言えず、そのまま風呂場へ運ばれた。  俺の服を脱がせてから、オーギュスタンも濡れた服を脱ぎさる。そうやってなぜだか俺は、オーギュスタンに風呂のお世話をされた。  いや……え? なんでだ。  動揺しているあいだに髪と体がさっさと洗い終わる。そうしてふたたびヒョイッと抱えあげられたかと思うと、今度は一緒に湯船に浸かっていた。  オーギュスタンの脚のあいだに座って、後ろから腹に腕をまわされている。  これは一体どういう状況?  自分に問いかけるも答えは返ってこない。気遣ってくれているのは……わかる。濡れてしまったからオーギュスタンも温まった方がいいのもわかる。わかるんだけど――。  現状の理解に苦しんでいると、耳を柔らかいもので挟まれた。 「!?」  ぎょっとして触れられた場所を手で押さえながら後ろを振り返ると、間近にオーギュスタンの顔があって。今度は、軽く唇の端に口づけられてしまう。 「ッ!?」  離れていくオーギュスタンの唇。押さえている側とは反対の頬を、ついでのように柔らかく撫でられた。  短時間に起こったあまりのできごとに呆然としていると、オーギュスタンの目がわずかに細くなる。 「先ほどのように、お前からしてはくれないのか」 「!」  少しだけ不満そうに溢されたつぶやきに、両目を見開く。  それが、先ほど気持ちを伝えるためにオーギュスタンにしたキスを指していると悟って、顔面が爆発しそうなほどの羞恥をおぼえた。 「っていうかその前に、返事を、まだ聞いてないんだけど……」 「? 返事、とは」 「俺があっちとこっちの両方を行き来すること、オーギュスタンはどう思うの」 「ああ。そのことなら、ハルトの好きにすればいい」 「へ?」  今さらなぜそんなことを聞くのかとばかりに不思議そうな顔をされたあと、あっさりと受け入れられた。オーギュスタンの反応があまりにも淡白すぎて、目が点になってしまう。 「……いいの?」  肩透かしを食らって思わず尋ねれば、オーギュスタンが苦笑を浮かべた。 「可能なら、私の目の届く範囲にいてほしいが。お前から故郷を取りあげたいわけではない。それに――」  オーギュスタンが一旦言葉を切る。 「ハルトの意思で私の伴侶になってくれるのだろう? その言葉を信じよう」 「!」  やわらかく微笑まれて、面映ゆさをごまかすように唇を引き結ぶ。油断したら顔面がだらしのないことになりそうだった。 「もういいか?」  必死に平静を装っていると、オーギュスタンに問いかけられる。  俺の返事に答えたのだから、次は自分の番だと言いたいらしい。暗に口づけをねだられていた。 「……っ」  さっきは勢いに任せてできたけど、改まって、しかもお互い裸の状況でとなるとかなりハードルが高い。  怖じ気づいて今は無理だと断ろうとしたら、オーギュスタンから期待に満ちた目を向けられて、できないなんてとても言えなくなる。  うう……。  ええーい。腹を括れ、俺!  勇気を振り絞り、覚悟を決めて体ごとオーギュスタンに向きなおった俺は、濡髪に、男らしく引き締まった体をしたオーギュスタンの姿を視界に入れた瞬間、挫折する。秒殺だった。  どうしよう。直視できない。  体はオーギュスタンに向きあったまま、顔だけ明後日の方向を見ていると、頬を両手で挟まれ引き戻される。 「どうした?」 「~~~ッ」  穏やかな声で優しく尋ねられながら顔を覗きこまれて、本気でどうしていいかわからなくなる。  きゅうっと唇に歯を立てて俯く。  頬の水分が全部蒸発してしまいそうだ。熱いなんてもんじゃない。干からびる。  一刻も早くこの状態から抜け出したくて、意を決した俺は、目の前にあるオーギュスタンの唇に自分のものをそうっと押し当てた。  ちょんっとくっつけてから離れる。たったそれだけのことに相当なエネルギーを消費した。  俺はもう、だめかもしれない。  たいした時間を湯船に浸かっていたわけでもないのに、ふらふらになりながらそう思う。 「ハルト」 「……?」  ぼうっとする頭でオーギュスタンに視線を戻すと、体を抱きこまれた。変に意識しまくっている俺は、それだけのことにも跳びあがるほど動揺してしまう。 「戻ってきてくれてありがとう」 「!」  だけど、オーギュスタンの言葉に冷静さが少しだけ戻ってきた。  ガチガチに強ばった体から力が抜けていく。  ぽかんと口を開けたまま呆ける俺に極上の笑みを向けながら、オーギュスタンがその低くてぞくぞくする声を耳の奥に吹きこんでくる。 「私の伴侶。愛している」  

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