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王子様×不安×ときめき
オーギュスタンの耳触りのいい低音が直接脳に響く。
甘やかな感覚に体を震わせながら、俺は必死に頷いた。
「っ俺も……」
同じ気持ちだと口にすると、その宝石のような黒の瞳が蕩けて唇を啄まれる。触れた場所からじいいんと波紋のように痺れが広がった。
は、と息を吐くと傍で微かに笑う気配がして、それからオーギュスタンは俺の鼻先に鼻を擦り寄せてくる。
「ん……」
くすぐったくて吐息を漏らすと、腰のあたりに触れていたオーギュスタンの指が滑り肌を撫でる。それに気をとられているとまた唇を塞がれた。
さっきよりも深みを増した口づけに心拍数があがって、心臓が脈打つ音がうるさいくらいに耳に届く。
「……ふ、……っ」
開いた唇から滑りこんできたものが舌を掬い、ちゅっと吸われて、顔にいっきに熱が集中した。耳が焼け落ちそうなほど熱い。耳だけじゃなく、口も内側から溶けてしまいそうだ。
胸がすごくドキドキして頭がくらくらして、まともに考えることができなくなる。
――――あ……?
なぜだか世界がぐにゃりと歪んでいた。体に力が入らない。急に襲ってきたなんとも気持ち悪い感覚に、何度もまばたきを繰り返す。
なんか、おかしい。
あれ……?
なんでと思ったその直後、目の前がブラックアウトした。
気がつくとベッドの上に横になっていた。
どうやらのぼせてしまったらしい。
ベッドの端に乗り上げてこちらを見下ろす、オーギュスタンの心配そうな顔。それを眺めながら、いまだにぼんやりとする頭で状況を飲みこんだ。
「すまない」
どこかしょんぼりとしているオーギュスタンに両手を伸ばすと、髪のすき間に指を差しこんでそっと顔を引き寄せた。そのまま頬を押しつける。
「ううん。俺こそびっくりさせてごめん」
いきなりぶっ倒れて、驚いたにちがいない。
のぼせた原因は風呂の温度が熱めだったことと、それ以上にあの状況が刺激的すぎたんじゃないかと思う。今思い出しても、寝てるベッドのうえを転げ回りたくなるほどには恥ずかしい。
でも裸を見るのなんてはじめてじゃないし、もっとすごいことをしようとしたこともあった。なのにこんなに恥ずかしいのはなんでだろう。
そう考えて、ある理由にたどり着く。
――――気持ちを自覚してから、オーギュスタンとの触れ合いによってかかる心臓への負担が増えた気がする。
触れられたところからむずむずが広がって、心臓は乱れ打ち状態だし呼吸は苦しくなるしで、非常に落ち着かない。自分が自分じゃないみたい。
なのにもっと触ってほしくて、俺からも触れたいと思う。距離を置かれるとせつなかった。
オーギュスタンと少し距離をとって視線を合わせると、気まずそうに目を逸らされる。それに首を傾げる。
「どうかした?」
「いや……」
「?」
「お前相手だと自分に歯止めをかけるのが難しくなる。無理をさせるつもりはなかったんだが」
それから気分はどうだと尋ねられて、もう大丈夫だと頷く。少しだけふわふわと浮わついた感覚が残っているけど、気持ち悪さはもうない。
オーギュスタンは俺がのぼせたことに対して責任を感じているようだ。気にすることないのに。
これで変に遠慮されるようなことがあったら嫌だな。そう考えて、思っていることをそのまま口にすることにした。
「お……俺は、オーギュスタンに触れてもらえるの嬉しいし。たくさん触ってほしい」
照れくさい気持ちと戦いながら素直な気持ちを伝える。
「お前とキスするの、すき……」
最後に小さくつけ足すと、オーギュスタンが大きく目を瞠った。
ひどく驚いたような反応に、自分で言ったことなのに急に恥ずかしさが襲ってくる。いたたまれなくなって上掛けをひっぱりあげると、顔を隠した。
けどそれは、あっさりとオーギュスタンによって剥がされる。
隠れるものがなくなったことに驚いているあいだに、片手をシーツに縫いとめられてオーギュスタンが覆い被さってきた。
「っ!?」
眉間に皺をきざんだオーギュスタンから不機嫌そうに見下ろされた俺は、ぱちぱちと何度も目を瞬(しばた)かせる。
え。なんか怒ってる……?
「歯止めがきかないと言っているそばからお前は……」
不満げにつぶやいたオーギュスタンに軽く鼻を齧られる。甘噛みだったから全然痛くはなかったけど、驚いた。そのあとすぐに唇を塞がれる。
荒々しく差しこまれたオーギュスタンのものに口のなかを掻き乱され、舌先が触れあうとビリと痺れのようなものが走って、肌が粟立った。
「……ふ、あ……っ」
角度を変えながら何度も貪られて、頬がほてっていく。自然と鼻にかかったような声が洩れて恥ずかしかった。
「ハルト」
唇を離され掠れた声で名前を呼ばれて、もうそれだけのことにぞくぞくと震えてしまう。
とろりと蕩けたままオーギュスタンを見上げると、熱を帯び、どこか切羽詰まったような瞳で見つめかえされる。そこにいつもの余裕はまったく見当たらなかった。
「もっと触れてもいいか?」
「……っ……」
その言葉の意味を理解して息を飲む。
視線を落としながらぎこちなく頷くと、額に口づけを落とされた。それから目尻、頬と顔のあちこちを啄まれる。
段々と下へさがったオーギュスタンの唇が首筋を吸い、鎖骨の下をなぞるように滑った。俺はそこで初めて、上掛けの下の自分がなにも身につけていないことに気がついて動揺する。
思わずオーギュスタンの動きを止めるように髪に触れた。
「どうした?」
穏やかな声音で気遣うように問われて、小さく唇を噛む。
そんな俺をどう思ったのか、オーギュスタンは俺の手を取るとそっと唇を押し当ててきた。手のひらに感じる優しい感触に、無意識に力の入っていた体が緩んでいく。
安心させようとしてくれているんだろう。
その行動に、オーギュスタンが俺を大事に思ってくれていることが伝わってきて胸がときめいた。
全然、怖じ気づく必要なんてないんだ。自然にそう思えて、俺は自分からオーギュスタンに口づけをねだった。
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