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王子様×帰る場所②
息を詰めながらも受け入れていると、唐突にオーギュスタンが口を開いた。
「お前を還したあと、やはり還さなければよかったと後悔した」
意外な告白に目を見開く。
「例えお前に他に好きな相手がいようと、無理矢理にでも私のものにしてしまえばよかったとも考えた」
オーギュスタンの腕が緩み、呼吸が楽になる。そのままシーツの上に戻された。
「だがこうやってお前を前にすれば、こちらの都合など全部どうでもいいものに思えてくる」
手早く着ていた衣服を脱ぎ去ったオーギュスタンが、俺の腰を浮かせて下にクッションを敷く。
「自分の感情よりも何より、お前を優先したくなるのだから困ったものだ」
「……っ」
脚を開かれて押し当てられたものの熱さに体が竦む。
不安と緊張ととんでもない体勢に固まっていると、そんな体の強ばりを解すようにオーギュスタンの手のひらが俺の肌を撫でる。
「ハルト。いいか?」
蕩けるような甘い声で尋ねられて、嫌だなんて言えない。
了承した途端にオーギュスタンのものが慎重に押し入ってくる。体の内側を、時間をかけて信じられないほど熱いもので埋めつくされる。
「……あ、……あっ」
指なんて比較にならない質量。
はくはくと唇を開閉させていると、ほんのりと額に汗を浮かべたオーギュスタンに手をとられ、指を絡められる。
それにひどく安心感を覚えた。俺も、応えるように握りかえす。
そうやって馴染むまでしばらく待ってから、緩やかに内部を穿たれた。
「……ふっ……く」
用心過ぎるほど丁寧に慣らされた場所は、ほとんど痛みを感じることがない。ただ、火傷しそうなほど熱くて、擦れたところがじんじんと痺れた。
オーギュスタンと繋がっている。そう思うと余計に意識してしまい、おかしな気分になってくる。
余裕がなくて、じっくりオーギュスタンの様子を窺うこともできない。
全部任せっぱなしでこちらからはなんにもできていないけど、オーギュスタンもちゃんと感じてくれているんだろうか?
心配になって、生理的な涙で滲む視界でオーギュスタンを見上げる。
「なあ。きもちいい……?」
吐息混じりに尋ねると、まるでそれに応えるかのように中のものが反応した。
「……っ……」
驚いてそちらに気をとられていると、両手をシーツに押しつけられて中の、ひどく感じる場所を集中的に刺激される。
「ひ……あっ」
こんなに熱くなるのかと驚くほど、繋がっている部分が熱くなって溶けてしまいそうだと思った。
体がこれ以上ないほど火照って、なにがなんだかわからなくなる。甘ったるい痺れだけが脳内に残って、そのあとの記憶はおぼろげにしか残っていない。
ただ、今までにないくらい満たされたことだけは確かだ。
気がつけば、うっすらと光の漏れる部屋でオーギュスタンの腕の中にいた。
あらぬ場所への違和感から、その日の午前中はベッドの上で過ごした。
そうして昼を過ぎた頃に、オーギュスタンと夜と水の微精霊とで水の神殿へ足を運んだ。
水の精霊たちにあらためてオーギュスタンの伴侶になったことを報告するためだ。
なんだかんだ振り回してしまったことを申し訳なく思っていたけれど、水の精霊や他の水の微精霊たちはこの報告を手放しに喜んでくれて、その優しさにちょっとだけ泣きそうになった。
「うーん……」
「どうした?」
「いや、こっちの世界と繋がってるのって圭太ンちの風呂場なんだよな。毎回圭太んとこ経由するのもどうなんだろうと思って、ちょっと考えてた」
幼馴染みで気安い関係だといっても自分の家じゃないんだから、そう頻繁に風呂を借りるわけにもいかないだろう。
どうにかして俺んちのどこかに変えられないものか。
「風の守護者の……」
あまり期待はせずに口にしたことだったけど、オーギュスタンは真剣に考えてくれた。
「水の精霊」
そうしてオーギュスタンから話を向けられた水の精霊が、ぴょこんと跳ねる。
『う、うむぅ……そうだの。そう離れておらぬ場所であれば変えられぬこともないか?』
「本当に!?」
『我の力が及ぶ、水のある場所であればよいぞ』
「じゃあ俺んちの風呂場だな。圭太のとこの風呂場からも目と鼻の先だし!」
『うむ。それならば問題なかろう』
ひっかかっていたことがすんなりと解決して気分が軽くなる。これで自分のタイミングでこちらに来れそうだ。
すっきりしている俺とは反対に、オーギュスタンはなぜか難しい顔のままで、首を傾げる。
どうしたんだろう。なにか他に気になることでもあるんだろうか?
「どうかした?」
「いや。風の守護者は、それほど近くに住んでいるのか」
「うん、家が隣なんだ」
「……そうか」
事実なので肯定すると、オーギュスタンは晴れない表情のまま黙ってしまった。
「?」
んん? まさかとは思うけど、これって圭太のことを気にしてる……のか?
もしかして――――や、やきもち……?
信じられないような気持ちでオーギュスタンを凝視して、やっぱりそうなんじゃないかと確信すると、なんだかむずむずとくすぐったい感情が湧いてきて、口許が緩む。
そんな自分を慌てて叱咤すると、気を取りなおしてオーギュスタンの手をきゅっと握った。
その手に、心配しなくても大丈夫だよという気持ちをこめる。
すると繋いだ手をやんわりと握り返された。
「……っ」
こちらを見下ろすオーギュスタンの表情がやわらかくなっていることを確認して、幸せな気持ちになる。
『ハルトっ』
ゆるゆると締まりのない顔をしていると、足元にいた夜が自分も構ってくれとばかりに飛びついてきた。
「わっ」
以前よりも重たくなった夜を片手で抱くのは難しく、支えきれずに落としそうになってしまう。
冷や汗を流していると、横からオーギュスタンの腕が伸びてきて夜を浚った。
「!」
「貸せ。……ヨルこちらにこい」
軽々と夜を抱きあげるオーギュスタン。
オーギュスタンのことが大好きな夜は抱っこされて嬉しそうに喉を鳴らす。
それを目を丸くして見ていたら、夜から撫でろとせがまれる。
早く早くと急かしてくる夜を可愛く思いながら、俺はその黒い鱗で覆われた背中に手を伸ばした。
それから二年間くらいは、あっちとこっちを行き来する生活を続けた。
仕方なく期間を空けてしまうこともあったけど、できる限りあちらで過ごす時間をつくったつもりだ。
そうしていよいよ、本格的にこちらの世界に移り住む日を迎えた。
異世界で同性の伴侶と一緒に暮らすなんて、ぶっとんだ内容を両親に信じてもらい、さらに納得してもらうのにはだいぶ骨を折ったけど、これからのことを考えれば全然苦じゃなかった。
圭太からも口添えしてもらって、幸いなことに定期的に顔を見せることを条件に許可をもらうことができた。
いつものように自宅の浴室へ向かうと湯船に沈み、あちらの世界へ渡る。
何年も繰り返していれば風呂を通しての移動も慣れたもので。湯船から顔をだした俺はさっさと浴槽から抜けだすと、濡れた体を手早く拭いて、着替えを身につける。
わくわくと逸る気持ちを抑えきれない。
急ぎ足で俺たちの部屋へ続く扉へ向かい、手をかけると、勢いよく開け放つ。
「ただいま!」
今日から、俺のもうひとつの家族――――二人と一匹の新しい生活がはじまった。
おわり
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