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第3話
空はどんよりと重たい雲がおおっていて、天気予報のマークは白ばっかり。
「やな天気だなぁ」
昼飯は同僚たちと一緒に、社外に出て食べに出た。
会社近くの定食屋。
女の子受けはしなさそうだけど、安くて速くてうまいから、気に入っているんだ。
男だけなら、こういうとこで充分。
食後のコーヒーが欲しいとぼやくやつは、後でコンビニに行くらしい。
食べ終わって店を出たとこで、同僚のひとりが空を見上げてため息をつく。
吐き出された息は、白くふわりと漂ってから消えた。
「今にも降りそう」
「天気予報、雪になってたしな」
「降るかな? っていうか、今年もう降ったっけ?」
「まだじゃね? っていっても、今降られたら困る」
「なんでよ」
「俺は降って欲しい。なんか楽しいじゃん」
「やだよ。だって金曜よ? 金曜の夜に、くっそ寒い中で帰宅難民とかやじゃね?」
あー、ヤダヤダと首を振ったら、深く深く同意が返ってきた。
都会は積雪に弱いのだ。
おれが育ったところなら、全然問題のない積雪量でも、こっちじゃ簡単に交通がマヒしてしまう。
「じゃあ、ま、降り出さないうちにキリのいいとこまでやりますか」
「はいはい、午後も頑張りましょー」
お互いに棒読みでへらっと笑いながらそう言って、歩きはじめる。
そう。
今日は金曜だからね。
早く終わらせて、早く帰りたいわけよ。
午後からの段取りを頭の中で整理して、仕事に戻った。
っていう昼休みのあと、ホントに本気で、定時で上がりたかったのに。
おれの目の前には、白。
「ええ、と……これは?」
「なんか、なんにもしてないんですけど、こうなっちゃってて……」
何にもしてないわけないと思うんだよね。
呼び出されたとこに出向いて、示された真っ白のPC画面に、こっちが真っ白になる。
「再起動してみた?」
「まだです。係長が、もう触らないで助け呼んだ方がいいっておっしゃったので」
「そう。じゃ、再起動してみて。そんで、ホーム画面になったらそこから何も触らないで、おれ呼んで」
「はーい」
返事だけはいいけど、ぜったいに再起動し終わった瞬間、いつもの調子でどっかクリックするんだろうなって、思った。
この事務アルバイトちゃんは、そういうとこがある。
ああ。
係長だってそれがわかっているから、おれに投げたんだろう。
こっちの尻ぬぐいに時間がとられる分、自分の今の作業を何とかしなきゃとデスクに戻りかけて、伝票置き場が目に入った。
溜まってるんですけど。
このPCで入力するはずの伝票、なんで今のこの時間でそんなに枚数あるのかな?
これ、誰が入力するわけ?
ものすごく嫌な予感がする。
予感じゃなくて確定なんだろうなと、ため息ついた。
不本意な残業を片付けて、社を出た。
寒い。
キーンとした冷えが、足元から上がってくる。
それでもまだ雪は降っていなくて、空はどんよりと曇ったまま。
手がかじかむ前に、と、スマホを取り出してメッセージを確認する。
残業になったと知らせたおれのメッセージのあとに、『了解』と『おつかれさん』のスタンプ。
ちゃんと使えてんじゃん。
最初は使えないからいらないと言っていたけれど、無理やり汎用性の高いスタンプを入れた。
スタンプのおかげで、返信は確実になった。
それだけで済むような連絡は、前よりもマメになった。
でも、ちょっと寂しい。
「なぜ?」っていうような誤字や、変な変換のまじったあんたの文章、実はちょっと好きだったんだよな。
スタンプで済む分、それが減った。
『今から帰る』
メッセージを送って、おれは速足で駅に向かう。
帰ったら、あんたお手製の鍋が待ってる。
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