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緑のマフラー

 東京から大宮まで電車で。そこから新幹線。金沢までは約二時間。二人で過ごしていれば二時間なんてあっという間。 「すげー! こっちのほうって来たことないからコレも初めて乗った! 『かがやき』……だっけ?」  新幹線のチケットもついてくるという手厚さだ。おまけにチケットをすでに取っているということだったから、勿論指定席。座れないなんてことはありえない。出発直後からずいぶん快適な旅になった。 「俺は小学校の頃行ったことあるからなんとなくわかるかも」  窓に張り付いて外を見る由宇を見る晴兎の目は優しげだった。  無邪気で明るい由宇のこと。大切に想っているのがわかるような視線で。  由宇は外の流れる景色に見入っていて、それには気付かなかったようだけれど。  金沢に着いたのは午後二時過ぎであった。旅行に行くにしては少々遅い時間ではあるが、その時間の新幹線のチケットを渡されたのだから仕方がない。  新幹線の中で駅弁を食べていたのでお腹は膨れていた。よって駅の構内もそのまま出て、外へも出て……「行くぞー!」と元気よく声を上げた由宇だったけれど、すぐに固まって、それからぶるっと震えた。 「さっ、さみぃ~!」  東京に比べて五度は低いだろう。それだけ寒いところへ来たのだから。 「そりゃそうだろ」  晴兎はくすくすと笑ってしまう。  ちゃんと厚めのコートは着ていたけれど由宇はそれだけだったのだ。 「マフラー、持ってこなかったのか?」  晴兎の言葉には膨れられた。 「だ、だって東京じゃまだいらないだろ……買ってねぇよ」 「ああ……引っ越して初めての冬だもんな。そうか……仕方ないな。貸してやる」  手持ちのバッグをどさりとベンチに置いて、そこからあるものを晴兎は取り出した。  言葉通りマフラーだ。緑のチェックの、落ちついた色合いのもの。  それを手に取り、由宇の首にかけた。由宇のほうが背が低いので巻いてやるのに苦労は要らない。  くるくると巻き付けて、「どうだ?」と聞いた。  けれど由宇はどこか気まずそうな顔をしている。なんだ、と顔を見るとほんのり赤くして視線を逸らしてしまった。 「また、こーゆーことをさらっと」  不満げとも聞こえるような口調だったけれど、それは違うことを晴兎はちゃんとわかっている。  優しくされたことに照れたのだろうということを。  そういう反応がかわいらしいのに。つい調子に乗ってしまった。  マフラーのはしっこを掴んだ。そっと引き寄せて、由宇の額に額をつける。一瞬だけ。  こつりと触れ合った肌。つめたい外気に晒されてひんやりとしていた。 「楽しもうな」  今は外だからこれだけ。由宇もわかっただろう。  でも触れたのは確かであって。ちょっと顔をしかめた。照れが加速してしまったようだ。 「はいはい! ほら行くぞ」  ばっと離れて、自分のバッグを掴んで肩にかけた。タクシー乗り場へ向かってずかずかと歩きだした。  ちょっとだけ置いて行かれる形になって、晴兎は笑みを浮かべてしまう。  本当にかわいらしいこの恋人と旅行に来られたことを嬉しく思う。それもこれほど長距離の旅行は初めてだ。素敵な旅になればいい。  そのためには、もうひとつ。  見上げた空は曇天だった。雨が降りそう、というか、これは違うかもしれない。  もしかしたら雪になるのではないか、と思わせるような雲と空気が漂っていた。

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