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お土産は……?
「ったく、ひとくちって言ったのに」
結局半分近くを持っていかれてしまって、晴兎はちょっと不機嫌。ひとくち交換ができたのは嬉しくとも、あれほど由宇に食べられてしまっては喜びきれない。
「なんだよー、俺のもやっただろ」
「俺は遠慮したっての!」
ぶーぶーと言い合ったけれど、こんなやりとり、喧嘩のうちにも入らない。コロッケを平らげてしまって商店街を再び歩き出した。
商店街だけあって、食べ物の店がやはり多い。
金沢の料理といえば海鮮。蟹、海老、牡蠣なんかもある。
「生牡蠣、うまそー」
並べられている牡蠣の殻を見て由宇はよだれを垂らさんばかりで晴兎は苦笑してしまったのだけど、看板には現在取扱いがない旨が書いてあった。
「今は生は駄目なのか」
「なんでだろな? 冬のほうが寒いから安全そうなのに」
「獲れる季節とかじゃね?」
言い合いつつ見て回る。
回転寿司屋に通りかかれば「安く海鮮食えそうじゃね!?」なんてテンションがあがり。
ソフトクリーム屋に通りかかれば「金箔ソフトだ! 高いのかな!」なんてはしゃぐという具合だ。なにを見ても楽しい。
ただ、やはり食べ物屋が多かった。商店街なら当然かもしれないが。
夕方でお腹が空きかけていることもあって、あれもこれも食べたいけれど、なにしろ夕食が待っている。それも相当豪華なようだ。なので今は我慢。
由宇は「明日も来ようぜー。時間あるだろ。回転寿司と甘エビと羊羹も……」なんて今から計画を立てている。
ほかの店も見て回った。金沢の伝統工芸の店など。
桐細工に塗りもの……。
しかしこちらも問題があった。伝統工芸だけあって安いものではない、という。大学生にとっては気軽に買えるものではない。
「んー、こういういいやつは社会人になってからだよなー」
由宇はあまり気のある様子ではなさそうな声で言って、それでもあれこれ見ていく。
今、由宇の家で使っている食器は百均で買ったものがほとんどだった。今の百均のものは、日常に使うくらいはなにも支障がないほど高クオリティなのだ。大学生の生活にはそれでじゅうぶん。
でも、と晴兎は思った。
もしも将来、家を持つなら。
つまり、一緒に住むなら。
それなりの食器なんかを揃えて、ちょっといい暮らしがしたいな、と。
こんなことは付き合って一年も経たない今では先走りすぎだし、大体まだ大学生の生活だってあと三年もある。考えるのはいろんな意味で早すぎる。
勿論、由宇に言うこともできない。そんな夢のような話は。
でも、思っているだけなら自由だから。
それに、これを目標にこれから続けていけると思うのだ。由宇との関係を。
食器ひとつからそんな妄想をしてしまう自分を晴兎が苦笑しているうちに、ふと由宇が声を上げた。
「おい! ガチャあるぜ、ガチャ! 見ていいか?」
それは小学生のような言い方だったので晴兎は思考から戻ってきて、そして苦笑した。
「ガチャなんてどこでもあるだろ。わざわざ見なくても……」
そう言ったのに由宇はさっさと行ってしまって、そしてそのガチャは実のところ『どこにでもあるもの』ではなかったのである。
「九谷焼ガチャガチャ……?」
てっきり普通のキャラクターなどの食玩が入っているものだとばかり思った由宇はきょとんとした。
どうもこれには、金沢の焼き物でできたものが入っているようなのだ。
値段も五百円とか、高くても千円。
由宇が「やろうぜ!」と言ったのは言うまでもない。
置かれているのは招き猫のマスコット、それから箸置き……。
二人が選んだのは箸置きだった。バリエーション豊富で、家でも使える。
「シークレットがあるらしいぜ! ぜってぇ当てる」
鼻息を荒くしそうな声で由宇は言い、五百円玉を入れて、慎重にハンドルを回した。
ガチャッと音がして、ころんとカプセルが出てくる。中から出てきたのは。
「んー? 寒椿?」
シークレットではなかった。ラインナップのひとつにあるものだ。
「おお、これからの季節にぴったりじゃないか」
白をベースに、赤と緑で描かれている椿。冬にぴったりである。
「んー、綺麗だけどシクレじゃねぇのか」
「んな簡単に出ないって」
ガチャガチャとは往々にしてそういうものである。
続いて晴兎が回したものは、緑や青の線が描かれている、柄入りのものであった。
「もっかい行くかなぁ」
由宇は言い、もう一度回していたけれど、シークレットは二回目も出なかった。手元には箸置きがみっつ。
「ま、いい土産になったか!」
しかしすぐに明るい声で由宇は言った。ふたつの箸置きを手に乗せて、器用に片手でスマホを構えて写真を撮っている。
晴兎はそれを見ていたけれど、自分の箸置きを摘まみ上げた。由宇のてのひらの上に追加する。
由宇が「なに?」とこちらを見た。その瞳に笑いかけてやる。
「お前の家に置いといてくれよ」
「え、晴兎は使わねーの?」
由宇がもっとわからない、という顔になる。でもその言葉は当たっていないのであって。
「んなこと言ってないだろう」
説明しないとなのか、と思いつつ晴兎は続けた。これは少々恥ずかしかったのだが。
「お前のウチで飯を食うときに使いたい、ってことだよ」
晴兎の言葉に、由宇は数秒黙った。そのあとほのかに頬が色づいていく。視線をそらしてしまった。
「馬鹿だな、お前んちで使うほうがずっと多いのに」
明らかに照れ隠しである言葉。晴兎の恥ずかしさはそれで消えてしまう。由宇のかわいらしさのほうが重要だから。
「せっかくの二人の旅行の土産なんだから。二人で飯を食うときに思い出したいんだよ」
「そういうのが馬鹿なんだよ!」
噛みつくように言ったものの、頬は赤いままだし、そのあと黙ってしまった。
無理を言ったかな、と思った晴兎だったけれど、由宇はポケットに手を突っ込んだ。なにをするかと思えばそこから出てきたのはハンカチ。
みっつの箸置きを、くるくると包んだ。
「仕方ねーな」
言いつつもしっかり保護したそれを、そっと上着のポケットに入れる。落とさないようにだろう、ポケットについていたファスナーをしっかり閉めた。
「ほら、もう行くぞ」
促しておいて、自分はずんずん行ってしまう。
晴兎はその様子を見て、ふっと微笑んでしまった。
乱暴な言い方をして、馬鹿とまで言ってきたのに、箸置きを扱う手は優しかった。
おまけに傷つかないようにしっかりハンカチで包んでくれて。
照れ屋で、そして丁寧な由宇が好きだと思う。
自分の心までハンカチでくるまれたようにあたたかくなって、晴兎は「次、どこ見るか」と言いつつ由宇を追いかけて横に並んだのだった。
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