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露天風呂に二人

 小さな脱衣所を抜ければ、岩造りの湯舟が広がっていた。柵で囲まれているが、外の様子が見える。手入れの行き届いた庭には南天や椿などが植えられていて艶やかだった。実に冬らしい。  それに空も良く見えた。都会の真ん中ではないからか、空がとても高く、澄んで見える。 浸かってからすぐに見上げて「おおー、満天の星空」なんて言ってしまったくらいだ。  しかし、多分言うほど満点の星、ではなかった。暗い中なのでよくわからないが、曇っているのだろう。ちょっとくすんだような空の色をしている。  雪、降るのかな。  晴兎は思った。  雪が降ればいいと思った。  雪をあまり見たことがないと言っていた由宇。見ればきっと喜んでくれるだろう。  実のところ、この旅行が自分に回ってきたとき、一番初めに期待したのは温泉でも食べ物でもなく、雪だった。  もう金沢では何回か降っているとニュースでチェックしていたけれど、旅行の日に当たるかどうかは運である。まだ真冬ではないのだから。  でも新幹線を降りて、街中を散策して、宿に帰ってきても、雪は降らなかった。曇天で、降りそうな気配はあるのが余計にもどかしい。 「あー、あったけぇ……」  由宇は岩に体を預けて肩まで湯に浸かって、ふにゃっとしてしまっている。  その様子を見て、晴兎の気持ちは「まぁいいか」になった。  雪が見られなくてもいいだろう。これだけ楽しいことがあったし、明日もまだあるのだ。雪がなくたっていい想い出になるに違いない。 「いい湯だな」  よって空のことは置いておいて湯に思考を戻したのだけど。  今度は違う意味で平和ではいられなくなった。  なにしろ由宇の白い肌がしっかり晒されているのだ。湯に浸かっているとはいえ、湯は半透明。当たり前のように裸だ。  これほど明るい場所で裸体を見られるなどそうそうない。というか、東京では銭湯などに行かない限り、まずない。由宇は照れ屋であるし、家で過ごす夜だってなかなか裸体というのは晒してくれないし。  けれど今はまったく無防備な様子で。風呂なのだからそっちのほうが当然かもしれないが、晴兎にとってはずいぶん目の保養かつ、目の毒な光景であった。 「ふー……」  おまけに湯であったまったからか、心地よさそうなため息までつく始末だ。すべて晴兎を煽る要素にしかならない。  いいよな、由宇だってわからずに風呂に来たわけじゃないんだから。  自分に言い訳をして、晴兎はざばっと湯の中を移動した。由宇に近付く。  由宇がこちらを見た。その肩に手を伸ばして捕まえる。ぐいっと引き寄せた。 「わ!?」  ざぶんと湯が揺れた。晴兎が由宇を引き寄せて自分の胸に抱き込んだためだ。  うしろから抱き込むような形になって、密着する。 「ちょ、なにするんだよ!?」  慌てた様子で言われるけれど、それには構わずに腕に力を込める。あたたかで確かな存在が腕に中にいるのをはっきり感じられた。 「こっちのほうがもっとあったまると思って」  由宇はしばらく黙っていた。おまけに暴れないし、逃げようともしない。  それを良いように取ってしまいそうになった晴兎であったが、それは良いように取ってしまって良かったようだ。 「……馬鹿だろ」  はぁ、とため息をついて、そう言ったものの由宇は力を抜いて晴兎に体を預けてくれたのだから。晴兎はほっとした。  こうなればいいなとは期待していた。けれど実際に事実として起こるのは別だから。  うしろから抱き込む姿勢に落ちついて、湯と由宇の体温を同時に堪能することになる。そんな摂取の仕方をすれば、落ちついて「いい湯だなぁ」なんてしている場合ではなくて。  ふわっと香る、由宇の香り。鼻先をくすぐる、湯で湿っている茶色の髪。自分より少し小柄な体躯。  そのすべてが自分の腕の中にいてくれる。  そっと肩口に顔を埋めた。由宇の香りを吸い込む。由宇がびくりと震えた。 「……なに……っ」  なにを言ってもわかっていないはずがない。  そして逃げる様子を見せなかった以上、拒否でもないはずだ。  実際、零れた声はちょっとくすぐったげで恥ずかしげだっただけで、嫌がる様子ではなかった。  すんすんといい香りを吸い込む。湯の香りも混ざっていて、湿ったような香りが鼻孔に広がった。 「くすぐったいって……」  由宇はもぞもぞとして文句を言う。これからどうなるのか、もうわかっているだろう。  それは由宇もなにかしらを思って風呂に来てくれたということで、そして良いように取れば、期待してきてくれたのかもしれなくて。  それを確かめるように、ぺろっと首すじに舌を這わせた。由宇の体がびくりと震える。  ちゅ、ちゅっとくちびるをつけていく。それは夜の開始を伝えるようなもので。  由宇には届いてくれたらしい。くすぐったそうにはしているけれど、されるがままになっている。  それをいいことに、晴兎は手を伸ばした。由宇の頬に触れる。そっとこちらを向かせた。  湯のあたたかさにか、落ちついた様子の由宇の瞳。いつもくりっと無邪気なそれが、今は違う色をしている。それは風呂の中という理由だけではなくて。  顔を近付けて、くちびるに触れる。湯のためにしっとりとしていた。そのくちびるを何度もついばむ。由宇はされるがままになる、どころか自分から顔を寄せて応えてきた。  今は服など掴むところがないからか、寄せるしかないということだろうが、積極的なその仕草は、晴兎の体をはっきりと煽ったのだった。

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