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第3話 キジバト

朝、窓の外で鳥が歌っている。前にイーリャが教えてくれた。あれはキジバトで、普通の鳩はああいう風には鳴かないと。 いつもいつも、家の前の大きな白樺の天辺に立ち、くーくーと鳴いている。ぼくには、キジバトが寂しそうに歌っている気がするんだ。 イリヤと芹は人から避けるように、森深くの屋敷で暮らしていた。 イーリャは優しい。高い背を猫背にして、ぼくと話をしてくれる。ぼくには足がなくて、自分で近づくことができないけれど、イーリャはずっと一緒に居てくれる。だから、大好き。 太陽が昇る少し前。目を開けると、イーリャが僕を抱っこして眠っていた。青白くてまだ夜の空気がとろりと残る中、イーリャを見つめていると目の端にきらりと光る何かを見つけた。それは多分、涙だと思う。前に本で読んだ人魚姫の話と同じで、真珠のようにきれいだったから。 時々、イーリャは悲しそうな顔をしていることを知っている。そして目を細めて、苦しそうに「ごめんね」と言うのだ。 「…イーリャ?」 そっと声を掛けてみる。起こさないように、僕に話しかけてくれるみたいに。 芹はイリヤの頬をたどたどしい手付きで撫でた。さらりとした肌で、涙だけが熱かった。イリヤは「んー…」と呻いて、眉を少し寄せて、それでもまだ起きない。 「イーリャ。」 イリヤの頬をふに、と摘んでみると思いの外よく伸びて芹はクスクスと笑ってしまう。するとようやくイリヤが目覚めた。 「芹…?もう起きたの。」 「うん。イーリャ、おはようー。」 「おはよ…。ああ、今日もキジバトが鳴いてるね。」 「あれは歌ってるんだよ。」 「そっか。何て歌ってるんだろう…。」 「イーリャの代わりに、歌ってるんだよ。」 「?」 イリヤは不思議そうな顔をしていた。 お医者さんが言っていた。ぼくには本当のぼくがいるんだよ、と。 じゃあ、ぼくは何なんだろう。いつか本当のぼくと入れ替わって、ぼくは消えてしまうのだろうか。いつだったかイーリャに怖くなって聞いたことがある。 「今のままでいいんだよ。他の誰でもない、芹は芹なんだから。」 イーリャはそういって、頭を撫でてくれた。そして、こうも言った。 「何も知らなくていい。」と。 時々、思うんだ。それでいいのかな、って。 どうして足がないの? どうしてみんな悲しそうなの? どうしてイーリャは一緒に居てくれるの? イーリャは何を知っているの。 それは口に出してはいけないと本能で知っていた。イリヤが悲しい顔をするのも、悲しい声になるのも、それだけは芹が知っていた。 キジバトが、歌っている。

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