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第4話 不穏

「イーリャ。今日、暑いって。」 イリヤが芹との朝食を作っている間、リビングで朝のニュース番組を見ていた芹が仰ぎ見る。 「そうなの?じゃあ、洗濯がたくさんできるなあ。」 フライパンで綺麗に形づけられたオムレツを皿に移しながら、イリヤは応える。 今日の朝食はオムレツ、カリカリに焼いたベーコンとサラダ。近所のパン屋で買ってきたバゲットはバスケットの中。イリヤが底に果肉が溜まったオレンジジュースを注いで、完成される。 窓から注がれる日差しは確かに初夏を感じさせる暑さだった。窓辺の植物は燦々と日光を浴びて、青々と茂っていた。梅雨のないこの国は、からりとした空気で乾燥している。あとで、芹にリップクリームを塗ってやろうと思う。 「ねえ、芹。今日はちょっと遠出して湖の方に行ってみようか。」 口いっぱいにオムレツを頬張った芹は言葉を発することができず、でもこくこくと頷いた。遠出について賛成らしい。 「洗濯物、干してからね。それまで待てる?」 「うん。」 庭に出て、洗いたてのタオルや洋服。シーツまでを竿に引っ掛けて干した。はたはたと風に煽られて、洗剤の香りが周囲に束の間満ちた。洗濯は好きだ。目に見えて効果が現れるから。庭は芝生だから、裸足で歩くのも気持ちがいい。 「畳むのはぼくがやるね。」 「うん。よろしく。」 足の無い芹に出来ることは、積極的に手伝ってもらうことにしている。芹の頭を撫でて、イリヤは出かける準備を始めた。 キイ、カタン。 キイ、カタン。 いつも通りの車椅子の音が響く。白樺並木の空気は青白く、日光の直接射撃から守ってくれた。時折、リスが木の実を口に咥えながら、目の前を走り去っていった。その度に芹は声を上げて喜んだから、たまには遠出も悪くないと思った。 湖近くまで来ると、キャンプ場が幾つか存在していて結構な賑わいを見せていた。若者が多く、大学生のようなグループが多かった。芹は物珍し気にきょろきょろとしている。いつもはイリヤとの二人暮らしに慣れていて、沢山の人に見慣れていないからだろう。 湖畔を一周して、犬と戯れて、持ってきた水筒のアイスティーを交互に飲んだ。木陰で休憩をしていると、イリヤは芹の車椅子の隣でウトウトとうたた寝を始めた。芹はただその静かな時間を楽しんでいた。ただ、それだけだった。 「…?」 一際賑やかな若者の集団が笑いながら近づいてきた。その顔触れを見て、芹の時間が止ま った。 カラカラカラ…、と映画のフィルムが廻りだしたかのように脳内に記憶の断片が溢れ出してきた。 『怖いのか?大丈夫、大丈夫。すぐに何もわからないようにしてやるから。』 『この事、誰かに漏らしでもすれば、写真をばらまくからな。』 真っ黒でぐちゃぐちゃだった顔がパズルのピースのように一致していく。芹は眩暈を覚えて、車いすの淵に縋った。 「…イー、リャ…。」 震える、小さな声。ぼくは、 知 り た く な い。 「イーリャ!!」 もう一度大きく叫ぶと、イリヤが飛び起きて芹を見た。 「どうしたの!?芹、」 「帰ろう?帰ろう、イーリャ!」 このままじゃいけない。嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。 芹はいつの間にか涙を零していた。ぽろぽろと玉のように浮かび上がり、つ、と伝っていく。尋常じゃない雰囲気にイリヤは困惑しながらも、芹の車椅子を押してその場を去った。 「なあ。今、そこにいたのってさ。」 「ああ…。セリ・ミズチか?」

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