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第8話 再び

ぼくがイーリャの名前を呼ぶと、イーリャは泣きそうな顔をした。…ううん、違う。泣いていた。 芹がイリヤの頬に触れると、イリヤは痛いぐらいに芹の手を握り返した。 「イーリャ?ねえ、どうしたの。どうして泣くの。」 幼心にイリヤをひどく傷つけたことを、芹は知った。水面にポトンと一滴、インクを垂らしたかのように哀しみが伝わっていく。 白樺の天辺で、またキジバトが歌っている。くーくー、といつの日かの朝のように。本当に、不思議な鳥だと思った。 ぼくはここにいてはいけないんだろうな。 イーリャにとって、ぼくは泣いちゃうぐらいつらいものなんだろうな。 ぼくはイーリャがいればそれだけでいいけど、ヴィーチャはきっとそうじゃない。 ねえ、芹? ぼくじゃない、芹はイーリャに優しくしてくれるのかなあ。 「芹…。ごめんね、怖かったでしょ…。」 「…イーリャが助けてくれたから、平気。」 「ごめんね。もう、一人にしないから。」 イリヤは何度も何度も、芹に謝った。謝る度に芹が傷ついた顔をしていたことに、気付けなかったほどに。 「ねえ。イーリャ。ぼくは、そんなに弱くないよ?」 「…そうだね。」 「ぼくに足があったら、蹴っ飛ばしてやったのに。ごめんね、イーリャ。」 「はは。頼もしいな、芹は。…傷、見せて。手当てしよう。」 そう言って、イリヤは芹のお腹の痣に軟膏をぬってくれた。その軟膏はイリヤの祖母直伝のものでハーブがいくつか混ざっていて、不思議と心安らぐ香りだった。 「痛くない?」 「うん。イーリャの手、僕が手当てしてあげる。」 芹はたどたどしくイリヤの手を消毒して、絆創膏を貼った。途中、絆創膏がよじれてもイリヤは笑って許してくれた。 次の日の朝もキジバトが歌っていた。 降り止まない雨の中、たった一羽で寂しそうに。その寂しさが伝染したかのように、芹はイリヤに擦り寄った。イリヤは優しく、芹の頭を撫でた。 「…イーリャ、バレエ・ダンサーをしていたって本当?」 「…! うん。」 「イーリャが躍っているところ、見てみたいな。ダメ?」 「ダメ、じゃないけど…。」 もしも、芹が自身もバレエ・ダンサーだったことを思い出せば、芹はどうなる。足がないことに絶望する?再び、同じ舞台に立つことはできないのに。時間は巻き戻すことができないのに。記憶を得ることで、君が壊れるのが怖い。 「じゃあ、今度、街のバレエスクールに連れて行って。ね?」 芹は笑って、本当に無邪気そのもので話しかけてくるから、だから思わず頷いてしまった。 「うん…。いつかね。」 「えー。いつかって、いつー?」

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