9 / 12
第9話 破壊された心
平日のバレエスクールは案外と空いていた。あの日から芹に何度もせがまれて、ついに折れたイリヤが街のバレエスクールに連れてきたのだ。
「芹、レッスンルームは涼しいからカーディガン羽織って。」
「うん。」
芹は嬉しそうに、にこにこと始終笑っている。ここまではまだ、大丈夫なようで安心する。
かつて使っていたトウ・シューズとの再会を果たし、イリヤは複雑な心境だった。
…どうか、芹に伝わりませんように。
それだけが不安だった。
「さて、芹は何が見たいの。」
不安を殺し微笑んで見せると、芹はパッと花が咲くように顔をほころばせた。
「かっこいいの!」
「かっこいい…、かっこいいのかあ。難しい注文するね、芹は。」
トウ・シューズの紐を結び終えて、イリヤはフロアに立つ。バレエスクールの責任者のもとへいき、一曲だけ躍らせてくれないかと交渉する。交渉は快諾されて、口頭でフロアにいたダンサーたちはイリヤに場所を譲る。期待と興奮に満ちた目で、皆、イリヤを見ていた。芹もまた、胸をどきどきと高鳴らせていた。
流れてきた曲は、いつかの公演でイリヤが披露したものだった。芹が気に入っていた、大切なイリヤの舞踊。
音を立てず、イリヤはフロアに躍り出る。手の指から足の先までもが、美しく計算され尽くしたかのようなしなやかさだった。ステップを刻み、コンパスを描くように回転し、イリヤは感情豊かに踊った。
―5
バレエはありふれた日常だった。それは芹にとっても同じことだった。
――4
頂点を目指し、切磋琢磨し、共に磨き上げていった日々が愛おしい。
―――3
ただ、ただ光差す方へ向かっていったはずなのに。
――――2
夢なら覚めてほしいと願い、育まれた気持ち。
―――――1
俺はやっと理解する。
―――――――0
壊れていたのは、俺も同じだった事を。
曲の流れが止まると、イリヤは膝から崩れ落ちた。
「イーリャ!!」
周囲からも悲鳴のような声も聞こえ、倒れ込むイリヤに駆け寄る人が数人。芹もその数人の一人に入りたかった。
「イーリャ!?どうしたの、大丈夫?」
芹の声は誰にも届かず、イーリャは医務室に運ばれた。
ともだちにシェアしよう!