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第9話 破壊された心

平日のバレエスクールは案外と空いていた。あの日から芹に何度もせがまれて、ついに折れたイリヤが街のバレエスクールに連れてきたのだ。 「芹、レッスンルームは涼しいからカーディガン羽織って。」 「うん。」 芹は嬉しそうに、にこにこと始終笑っている。ここまではまだ、大丈夫なようで安心する。 かつて使っていたトウ・シューズとの再会を果たし、イリヤは複雑な心境だった。 …どうか、芹に伝わりませんように。 それだけが不安だった。 「さて、芹は何が見たいの。」 不安を殺し微笑んで見せると、芹はパッと花が咲くように顔をほころばせた。 「かっこいいの!」 「かっこいい…、かっこいいのかあ。難しい注文するね、芹は。」 トウ・シューズの紐を結び終えて、イリヤはフロアに立つ。バレエスクールの責任者のもとへいき、一曲だけ躍らせてくれないかと交渉する。交渉は快諾されて、口頭でフロアにいたダンサーたちはイリヤに場所を譲る。期待と興奮に満ちた目で、皆、イリヤを見ていた。芹もまた、胸をどきどきと高鳴らせていた。 流れてきた曲は、いつかの公演でイリヤが披露したものだった。芹が気に入っていた、大切なイリヤの舞踊。 音を立てず、イリヤはフロアに躍り出る。手の指から足の先までもが、美しく計算され尽くしたかのようなしなやかさだった。ステップを刻み、コンパスを描くように回転し、イリヤは感情豊かに踊った。 ―5 バレエはありふれた日常だった。それは芹にとっても同じことだった。 ――4 頂点を目指し、切磋琢磨し、共に磨き上げていった日々が愛おしい。 ―――3 ただ、ただ光差す方へ向かっていったはずなのに。 ――――2 夢なら覚めてほしいと願い、育まれた気持ち。 ―――――1 俺はやっと理解する。 ―――――――0 壊れていたのは、俺も同じだった事を。 曲の流れが止まると、イリヤは膝から崩れ落ちた。 「イーリャ!!」 周囲からも悲鳴のような声も聞こえ、倒れ込むイリヤに駆け寄る人が数人。芹もその数人の一人に入りたかった。 「イーリャ!?どうしたの、大丈夫?」 芹の声は誰にも届かず、イーリャは医務室に運ばれた。

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