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第11話 優しいあの子が壊れる音
キイ、カタン。
キイ、カタン。
芹が車椅子を操る音が無人のレッスンルームに響く。照明が落され、深々と冷たい空気が足元を這いあがってくる。ぶるり、と肩を震わせながら芹は約束の時刻を待った。
イリヤ・ベルガモットをぼくが守ると決めた時、弱虫で甘えん坊な自分は置いてきた。
暗い中、電光に輝く壁の時計が約束の時間を照らす。そのおよそ数分後、数人の男性がバレエスクールの扉を開いて中に入ってきた。
「…あなた一人じゃないんですね。」
「まあな。こいつらも、イリヤの弱みを知っているから。無関係じゃないだろ?」
「約束してください。ぼくはどうなってもいいから、イーリャには手を出さないで。」
芹は真直ぐに男たちを見据える。その視線を受け、男たちは嘲笑した。
「お前次第だな。おい、場所を変えるぞ。…勇敢なセリ・ミズチは自分で車椅子、動かせんだろ。」
自分の力でついてこいと、男たちは言う。芹は頷いて、自らの手で車椅子を操った。
連れて行かれたのは、用具室だった。中に入ると一際暗く、目を凝らしてやっと中の様子を伺い知れた。
「!」
背後で用具室の扉が閉じられ、鍵が掛けられる音を聞いた。
「…何で?」
「お前、まだ思い出さないのか?本当、都合がいいな。まあいい。お前に、ヒント?っつーか正解を教えてやるよ。」
ほら、と男の一人がデジタルカメラの液晶を芹に突き付けた。そこには、あの日、無残に犯されて横たわる水落 芹の姿が納められていた。
「…!」
芹は呆然と、その画像を見つめていた。
刹那、芹の脳内でカラカラカラ、と映画の映写機が廻るような音が響き、これまでの事。今までの事全てが一致していった。
「…これが…イリヤの弱さの秘密…?」
イリヤ。
いつも優しく微笑んで、慈しみを込めて僕を包み込んでくれた。
それでも、時々悲しそうに目を伏せて「ごめんね」と呟く姿が印象的だった。
そうか。
そうだったのか。
ごめん、イリヤ。
不意に車椅子が倒された。
「っ!」
「お前さえいなければ、イリヤはだめにならなかった。全部、お前のせいだ。」
そう一人が言い放ったかと思うと、一斉に芹に男たちが群がって服を脱がし始めた。
「嫌…!!」
「暴れんなよ。この写真、イリヤが見たらどうなるだろうな?」
「!」
イリヤ。優しいイリヤ。そんな君が今の写真を見たら、立ち直れるのだろうか。
「止めて…、イリヤには、見せないで…っ!」
「なら、大人しくしているんだな。」
「…っ。」
芹は涙を堪えながら、こくん、と頷いた。
「…芹、遅いな。忘れ物、見つからないのかな。」
医務室でしばらく横になり、休んでいたイリヤはふと見た時計の針の進み具合に驚いた。もう小一時間経っている。
イリヤは起き上がり身支度を整えると、ドクターに挨拶をしてから芹を探しに医務室を出た。
レッスンルームの扉は重く、軋むように開いた。廊下の灯りが一筋の光になってフロアに注がれる。
「おーい。芹ー?」
声を掛けても言葉は帰ってこず、不審に思ったイリヤは芹を探しに一歩、中に足を踏み入れた。
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