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1-02-2 はじめの一歩(2)

雅樹はドリンクに口を付けた。 僕はその姿につい魅入ってしまう。 雅樹はそれに気がつき、「ほら、めぐむ!」と、笑いながら指摘した。 僕は、はっとして、急いで顔を背ける。 「ごめんなさい……」 また、いつもの癖。 雅樹を見つめてしまう。 直さなきゃ。 雅樹は、気にしない素ぶりで僕に質問した。 「めぐむ。ところで、俺、お前のことあまり知らないから、何か話してよ。なんでもいいから」 「なんでも?」 「おう。だって、その、急に付き合うことになったわけだから……」 そっか。 僕は、雅樹のことはずっと前から知っている。 でも、僕の事なんか雅樹は忘れてしまっているんだもんね……。 どんな話をしようか。 いきなり大昔のことを話してもな。 ちょっと考えてから言った。 「それじゃ、高校に入る前の事、話すね」 雅樹は、うん、と頷く。 「僕の出身中学だけど、美映留からは、ちょっと離れた私立中学だったんだ。それで、この春に高校入学に合わせて美映留に引っ越してきたの」 雅樹が、差し支えなければ、と言うので、中学の学校名を告げる。 「へぇ。そこの中学って確か、中高一貫だよね? わざわざ、うちの高校に受験したんだ。どうして?」 「うん。まぁ。中学の時にいろいろあってね……」 あまり話したくない。 中学の時のこと。 「そっか……」 雅樹は察してくれたようだ。 深くは聞いてこない。 「で、近いの? 家は?」 「そうでもないんだ。南駅。美映留中央で乗り換え」 「なるほどね。そっちか。俺は、乗り換えしないで一つ先の東駅かな」 「へぇ……」 そう答えたけど、知っているんだ。 だって、もともと僕はそこに住んでいたのだから……。 でも、僕は口をつぐんでいた。 「じゃ、友達とかこっちには、いないのか? それだと心細いだろう?」 「ううん。友達はいるんだ」 小学校時代の友達で、まだ、こっちに住んでいる人もいる。 でも、繋がりは極めて薄い。 街中で出会ってもおそらく気づかない。 気づいたとしても挨拶をできるかどうか微妙なところだ。 だから、僕は、シロのことを雅樹に話した。 「シロっていう猫がいてね……」 シロの可愛さ、気品、そして心が通じ合っている気がする、そんなことを話した。 興奮気味に話していると、雅樹がニコニコしながら僕を見ていることに気が付いた。 しまった。 思わず話に夢中になってしまった。 「ごめん。なんか、余計なこと話した」 「ううん。めぐむがあまりも楽しそうに話すから、俺もなんだか楽しくなったよ。ははは」 なんだろう……。 心の中がぽかぽかする。 そうか、僕はこうやって、誰かとなんでもない日常を話したかったんだ。 ずっと独りぼっちだったから……。 だから、嬉しくて、ついつい話してしまったんだ。 「こんどは雅樹の話をしてよ」 「俺か? 俺は、中学は地元の公立校。結構、同じ中学のやつは多いんだよ。うちの高校」 「そうなんだ」 僕はふと、雅樹が中学時代に付き合っていたという女子のことが気になった。 実は、中学のころ、同じ小学校出身の友達がそんな噂話をしているのを何とはなしに聞いたことがあった。 当時の僕は、へぇそうなんだ、と興味がなさそうに聞いていたが、その実、心の中では取り乱していた。 その子はうちの高校なのだろうか。 雅樹のことをちらっとみる。 その時がくれば話してくれるはず。 だから、ぐっと我慢する。 「あと、そうだな。部活はバスケ部。これは知っている?」 「知っているよ」 「そっか、めぐむは何か部活に入っている?」 「僕は、図書委員をやっているんだ」 「へぇ。図書委員かぁ。どんな活動があるんだ?」 「当番制で図書の貸し出しや本の整理をやるんだ」 「大変そうだな。それ、楽しいのか?」 「人によるけど、僕は本が大好きだから、本に囲まれているだけで楽しい。それに、ほら、うちの高校って何かやらないといけないみたいだから……」 「そっか」 互いのことを話す。 楽しい時間。 雅樹は、「ああ、そうだ」と言って話し出す。 「なぁ、めぐむ。ちょっと聞いておきたいことがあるんだけど」 「なに?」 「俺のどこが気に入った? どうして、付き合いたいって思った?」 「えっ?」 雅樹は、僕をじっと見つめる。 小さいころから憧れていたから。 それが理由。 あれ? でも、それだけが、雅樹を好きな理由なのだろうか? あれからだいぶ時間が経っている。 あの頃の雅樹と、今の雅樹は必ずしも同じじゃない。 人は成長するし変わっていく。 それは僕も同じだ。 あの頃の記憶だけが、今の僕が雅樹を好きな理由なのだろうか。 なぜだろう。 そう考えていたら分からなくなってしまった。 とっさに僕の口から出た言葉は、僕も思ってもみない言葉だった。 「運命を感じたから……」 「運命?」 雅樹は、キョトンとする。 そして、ははは、と笑った。 変な事を言っちゃったかな。 不安げに雅樹を見る。 「笑ってごめん。ちょっと意外な理由だったから。背が高いとか、顔がいいとか、そんな理由なのかな、っと思ったんだけど」 「変かな?」 「変じゃないよ。なるほど、運命か……」 雅樹は、考え込む。 「確かに、俺の外見が好みってだけで、あんな事はしないよな」 雅樹は、自分でそう言って、あんな事を思い出したようだ。 少し顔を赤くする。 僕も、あんな事を思い出して、恥ずかしくてうつむいた。 「あっ、だいぶ、話し込んじゃったね。今日は、そろそろ帰ろう」 雅樹は時計を見ながら言った。 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。 僕と雅樹は、電車に乗った。 僕は次の中央駅で降りて、乗り換えをしなくてはいけない。 あぁ。 もっと、ずっと一緒にいたい。 美映留中央駅に着く社内アナウンスが流れる。 「また明日。めぐむ」 「またね。雅樹」 僕は、いつの間にか、雅樹の制服の上着の端っこを掴んでいた。 それに気が付いて慌てて離す。 雅樹は、気が付いていない振りをしていてくれたようだ。 電車がホームにつく。 僕はホームに降りた。 振り返り、雅樹を見て、小さく手をふる。 雅樹を乗せた電車は走りだして、やがて、ホームに僕だけがぽつりと残された。 あぁ。 僕は小さくため息をつく。 雅樹がいなくなっただけで、こんなに寂しい。 つい、数日前まではこれが当たり前だったのに……。 でも、これから、ずっと雅樹と一緒にいられる。 そう思うと、目の前がぱっと明るくなる。 僕は何て幸せなんだろう。 心の中がじわっと温かくなる。 よし。 僕は、前を向き直し、ホームを歩き出した。

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