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1-04-1 ジェラシー(1)
ああ、雅樹がキスしてくれた。
思い出しては、にやにやしてしまう。
朝ごはんを食べながら、ついぼぉっとしているとお母さんの怒鳴り声。
「めぐむ、早く食べなさい! 遅刻するわよ!」
「あっ、ごめんなさい!」
慌てて家を出る。
とはいえ……。
駅への道すがら、やっぱり考えちゃう。
うふふ。
キス、キス、キス。
何となく鼻歌まじり。
足取り軽い。
ああ、なんて幸せなんだろう……。
誰かにこの喜びを伝えたい。
チェリー公園を通りかかる。
「そうだ、この喜びをシロに伝えよう!」
キョロキョロするもシロの姿は見あたらない。
「しょうがない……また今度」
僕はふと時計を見た。
「いっけない! 本当に遅刻しちゃう!」
通学の電車に乗ってふと思った。
僕は、こんなにも楽しい。
でも、雅樹はどうなのだろう?
気になる事がある。
雅樹と同じ部活の人、名前は、森田 翔馬
カッコいい男子の典型で、顔よし、スタイルよし、で、運動神経抜群。
顔立ちは、雅樹とは対照的に堀が深く、肌は浅黒い。野生的な印象。スポーツマンらしく笑顔が爽やかだ。
雅樹とは馬が合うらしく、隣のクラスだけど、雅樹とはいつも一緒にいる。
それがすごく楽しそうなのだ。
時折、肩を組んで大笑いをする。
雅樹の心からの笑顔。
ううっ。
きっと、僕といるより楽しいんだ。
朝のウキウキした気持ちから一転、複雑な気持ちになる。
森田君は、ただの友達。
なんだけど……。
一時限目が終わった。
僕は、教科書を閉じて、うーん、と伸びをする。
あれ?
雅樹がいない。
トイレかな?
廊下に出ていく雅樹の姿。
もしかして……。
僕も慌てて廊下に出る。
ああ、やっぱり……。
雅樹は、廊下で森田君と立ち話をしている。
伏目がちにすれ違う。
楽しそうな雅樹の表情。
二人は声を上げて笑う。
僕は目を閉じた。
胸の辺りがギュッと締め付けられる。
だって雅樹は、僕と一緒にいる時あんな笑顔は見せないのだから……。
今は、中間試験前。
だから、部活は早めに終わる。
僕達は、学校帰りにショッピングモールで落ち合うことにした。
少しの間でもいい。
雅樹と二人っきりで会いたい。
試験は嫌だけど、今だけは中間試験に感謝。
僕は、雅樹より先にフードコートへ着いた。
しばらくして雅樹は手を振ってやってきた。
あっ、雅樹!
この瞬間がたまらない。
僕は満面の笑みで雅樹を迎える。
「雅樹、部活ご苦労様!」
「めぐむ、待ったか?」
「ううん。大丈夫」
「そっか。よいしょ」
雅樹は、カバンをどかっと置くと僕の横に座る。
「ふぅ、疲れた……飲み物買ってくる」
「うん」
フワッとした空気の流れ。
クンクン。
ああ、雅樹の匂いだ。
ほんのり、汗の匂いがする。
部活帰りだもんね。
はぁ……。
体がぽわっとする。
包まれたい衝動に駆られる。
雅樹の胸に抱かれたら、どんなだろう。
匂いだけでこんなに体が熱くなっちゃうんだ。
きっと体がとろけちゃうよね。
はぁー。
「どうした、めぐむ。ため息なんてついてさ」
はっ!
僕は慌てて取り繕う。
「なっ、なんでもないから! はっ、早く座りなよ」
「おっ、おう!」
雅樹は、席についた。
僕達は、フライドポテトをつまみながら話をする。
これが僕達の定番スタイル。
ソースは決まってバーベキューソース。
ポテトを付けて口に放り込む。
二度付け禁止、なんて事はない。
だから僕は、逆に雅樹が付けた後を狙う。
間接キス。
ささやかな楽しみ。
雅樹は何も気にせずに僕の後に付けて食べる。
雅樹だって、僕と間接キスしているんだからね。
ふふふ。
これだけで、幸せな気持ちになれちゃうんだ。
僕ってなんて安上がりなんだ。
「なぁ、めぐむ。中間の勉強もうやってる?」
「うん。少しづつね」
「まじか……めぐむは優等生だな」
雅樹は腕組みをしながら感心した顔。
「そんな事はないよ。雅樹は?」
「俺? 俺は全く、手付かずさ。ははは」
「やっぱり、部活忙しいから?」
「そうだな」
しまった。
僕は、あわてて自分の口を押さえる。
「そうそう、それがさぁ、部活で翔馬のやつがさ……」
そうなのだ……。
部活の話題になると、必ずといっていいほど森田君の話が出る。
別に森田君が嫌いとかそういうんじゃない。
森田君の話をする雅樹の満面の笑み。
それもいいんだ。
でも、なんだか気持ちがイライラする。
胸のあたりをぎゅっと締め付けられるようで苦しい。
「ねぇ、雅樹って森田君の事ばかり言うよね……」
はっ!
言ってから後悔。
仲のいい友達の話をしているだけ。
自分が雅樹を楽しませる事が出来ないからって、八つ当たりだ。
雅樹は、えっ?っという顔をしてキョトンとしている。
「ごめんなさい。僕、どうかしていた……」
頭を下げる僕の上から雅樹の声。
「ううん、いいさ。もしかして、翔馬にやきもち焼いた?」
うっ……。
言葉につまる。
「そっ、そんな事ないよ……」
「ははは。なんだ、焼きもちだったら嬉しかったのに……」
雅樹の優しい微笑み。
「えっ? そうなの?」
「だって、俺の事をそれだけ好きだって事だろ?」
そっか。
それは考えなかった……。
僕は、反射的に手をあげる。
「はい! はい! 僕今、焼きもち焼いた!」
「ぷっ、なんだよそれ。ははは」
「へへへ」
やった!
雅樹の満面の笑み。
嬉しい。
「翔馬の話はやめようか?」
「ううん。話して、森田君の話。面白いから」
「そっか? じゃあ、話すけど。傑作なんだ、ははは」
うん。
僕はどうかしているな……。
だって、雅樹は僕に対してこんなに優しい。
なのに、嫉妬なんかして。
僕は、雅樹の話に相槌を打ちながら、もやもやを頭から振り払った。
そして、雅樹と一緒に笑った。
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