15 / 52

1-05-2 雅樹の誕生日(2)

ドーナッツショップに入った。 僕は、あーん、と、もちもちのドーナッツを頰張る。 ああ、ほっぺが幸せ……。 ここのドーナッツは絶品なんだ。 たまに、無性に食べたくなってしまうんだ。 甘さも控えめだし、何と言っても食感が堪らない……。 それにしても、さっきの妄想。 匂いが出てきたのって、きっとあれのせいだ。 この間、雅樹とデートしたとき。 部活帰りの雅樹の汗の匂い。 頭のどこかにこびりついていたんだと思う。 雅樹の汗の匂いは、いやな感じは全くしない。 むしろ、ドキドキしてしまう。 そう、こんな風に。 えっ? ほんのり雅樹の汗の匂いがしたような気がした。 その時、後ろの方から、雅樹に似た声が耳に入る。 まさかね……。 僕は、そっと後ろを振り向き、植え込み越しに覗き見る。 やっぱり! 雅樹。 それに、森田君。 もう一人は、誰だろう。 バスケ部の先輩のようだ。 3人で何やら話をしている。 僕は、聞き耳を立てた。 「今日は悪かったな、二人とも。付き合ってもらって」 「問題ないです。先輩」 雅樹の声だ。 「で、話なんだけど、頼み事があるんだ。今週末、暇か?」 「えっ、どうしてですか?」 森田君が質問する。 「実はさ。四対四の合コンで二人欠員がでちまってさ。二人にお願いしたいんだよ。頼む」 えっ! 合コンのお誘い……。 心拍数が上がる。 雅樹が合コンに……そんなの絶対にいや! でも……先輩のお願いなんだよね……。 雅樹と森田君は互いの顔を見合わせる。 先輩は、そんな二人を見て言った。 「二人とも彼女はいないよな? たしか」 「はい」 雅樹と森田君は異口同音に答えた。 「なら、どうだろうか。相手は、美映留女子の子なんだけど。みんな可愛いぞ」 森田君は、どうするよ、と雅樹に話し掛けている。 先輩は、ああ、そうだ、と言って、言葉を付け加えた。 「それに、めちゃくちゃおっぱいがでかい子来るぞ」 「まっ、マジすか。俺、行きます!」 森田君の声のトーンが変わる。 おっぱい……。 胸がキュッとなる。 雅樹もきっと、興味あるよね。男の子だもん……。 はぁ。 どうしようもないことなんだ。 僕は男だから……。 切ないよ……。 「よし、森田は決まりだな! で、高坂はどうだ?」 「えっと、俺は……」 雅樹も誘いに乗るよね。やっぱり……。 いいよ。雅樹。 先輩の誘いだし、森田君も一緒。僕は、我慢する。 可愛くて、おっぱいが大きい子。 心配だけど、僕は雅樹を信じているから……。 そう思っていたら、雅樹は思いがけない事を言った。 「先輩、俺はちょっと、別の用事が……」 「えっ? でも彼女いないんだろ?」 「はっ、はい。でも……」 「じゃあ、頼むよ。この通り!」 もっ、もしかして……。 僕は、そこで初めて、合コンの日と誕生日のお祝いデートの日がぶつかっていることに気付いた。 森田君は、雅樹と肩を組む。 「なぁ、雅樹。行こうぜ、先輩たっての頼みだしさ。そっちの用事はずらしてもらえばいいんだろ? なっ?」 「でもな……」 ああ、そうか……。 雅樹がすぐに返事をしないのって、それを悩んでいたんだ。 よく考えれば、先輩の申し出を受けるのが正解。 森田君が言うように、先輩の頼み、というのもある。 何より、僕とのデートはいつでもできるし、誕生日のお祝いって言っても、僕が強引に誘ったお誕生日会だもん。 雅樹……。 いいよ。悩まないで。 合コンに行ってきなよ。 別に、プレゼントだって、渡せないわけじゃないんだもん……。 ああ、でも……。 おかしいな、目の前が曇って見えないや。 僕は、涙が溢れ、頬を伝わっているのに気が付いた。 いっけない……。 慌てて手の甲で涙を拭う。 「すみません! 俺、やっぱり、行けないです!」 えっ! どうして? 僕は、驚いて雅樹を見る。 雅樹は、深々と頭を下げる。 「俺、友達と合う約束をしていて……そいつとの約束、破りたくないんです!」 雅樹は、声を張り上げる。 そして、続く言葉は、いつになく優しい声。 「そいつ、一生懸命で、真っすぐで、すごい泣き虫なくせに、いじりっぱりで……それでいて、俺のことしっかり見ていてくれて……だから、そいつは、俺の一番大事な奴なんです。俺、そいつがガッカリする顔を見たくないんです……」 そこまで言うと、雅樹は改めて先輩を見る。 「すみません! 先輩!」 僕は、心を揺さぶれて息ができずにいた。 僕の事をそんな風に思っていてくれたなんて……。 雅樹の言葉が頭の中でこだまする。 体中が優しくてポカポカとしたもので満たされていく。 雅樹。 嬉しいよ……僕なんかの事を。 熱いものが込み上げる。 だめ。ここで、泣いたら、雅樹にバレちゃう。 僕は、慌てて手で口を塞ぐ。 うっ、うっ……。 込み上げる嗚咽を必死に我慢する。 止めどなく流れる涙。 雅樹……。 ありがとう。 嬉しい……。 先輩と森田君は顔を見合わせる。 先輩は、短くため息をついた。 「はぁあ、しょうがねぇな。まぁ、そこまでお前に言われたらな……」 すぐに、森田君の手が挙げる。 「先輩! 俺、雅樹の代わりにいいやつ知ってます。そいつでどうでしょう?」 「おう、そうか! じゃあ、森田に頼もうかな」 「はい、任せてください!」 森田君は、自分の胸をドンと叩いた。 雅樹はテーブルに手をついた。 「本当に、すみません……」 先輩は、横に手を振る。 「いいって、いいって。その友達、いや親友かな? 大切にな」 「はい!」 雅樹は、森田君に言った。 「悪かったな、翔馬」 「何言っているんだよ! 気にするなよ、雅樹。てか、お前にそこまで言わせる奴ってどんな奴だろう。正直、妬けるぜ。ははは」 森田君は、雅樹の肩をポンポンと叩いた。 僕は、感涙にむせるのを必死に抑え、逃げるようにその場を立ち去った。

ともだちにシェアしよう!