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1-05-2 雅樹の誕生日(2)
ドーナッツショップに入った。
僕は、あーん、と、もちもちのドーナッツを頰張る。
ああ、ほっぺが幸せ……。
ここのドーナッツは絶品なんだ。
たまに、無性に食べたくなってしまうんだ。
甘さも控えめだし、何と言っても食感が堪らない……。
それにしても、さっきの妄想。
匂いが出てきたのって、きっとあれのせいだ。
この間、雅樹とデートしたとき。
部活帰りの雅樹の汗の匂い。
頭のどこかにこびりついていたんだと思う。
雅樹の汗の匂いは、いやな感じは全くしない。
むしろ、ドキドキしてしまう。
そう、こんな風に。
えっ?
ほんのり雅樹の汗の匂いがしたような気がした。
その時、後ろの方から、雅樹に似た声が耳に入る。
まさかね……。
僕は、そっと後ろを振り向き、植え込み越しに覗き見る。
やっぱり!
雅樹。
それに、森田君。
もう一人は、誰だろう。
バスケ部の先輩のようだ。
3人で何やら話をしている。
僕は、聞き耳を立てた。
「今日は悪かったな、二人とも。付き合ってもらって」
「問題ないです。先輩」
雅樹の声だ。
「で、話なんだけど、頼み事があるんだ。今週末、暇か?」
「えっ、どうしてですか?」
森田君が質問する。
「実はさ。四対四の合コンで二人欠員がでちまってさ。二人にお願いしたいんだよ。頼む」
えっ! 合コンのお誘い……。
心拍数が上がる。
雅樹が合コンに……そんなの絶対にいや!
でも……先輩のお願いなんだよね……。
雅樹と森田君は互いの顔を見合わせる。
先輩は、そんな二人を見て言った。
「二人とも彼女はいないよな? たしか」
「はい」
雅樹と森田君は異口同音に答えた。
「なら、どうだろうか。相手は、美映留女子の子なんだけど。みんな可愛いぞ」
森田君は、どうするよ、と雅樹に話し掛けている。
先輩は、ああ、そうだ、と言って、言葉を付け加えた。
「それに、めちゃくちゃおっぱいがでかい子来るぞ」
「まっ、マジすか。俺、行きます!」
森田君の声のトーンが変わる。
おっぱい……。
胸がキュッとなる。
雅樹もきっと、興味あるよね。男の子だもん……。
はぁ。
どうしようもないことなんだ。
僕は男だから……。
切ないよ……。
「よし、森田は決まりだな! で、高坂はどうだ?」
「えっと、俺は……」
雅樹も誘いに乗るよね。やっぱり……。
いいよ。雅樹。
先輩の誘いだし、森田君も一緒。僕は、我慢する。
可愛くて、おっぱいが大きい子。
心配だけど、僕は雅樹を信じているから……。
そう思っていたら、雅樹は思いがけない事を言った。
「先輩、俺はちょっと、別の用事が……」
「えっ? でも彼女いないんだろ?」
「はっ、はい。でも……」
「じゃあ、頼むよ。この通り!」
もっ、もしかして……。
僕は、そこで初めて、合コンの日と誕生日のお祝いデートの日がぶつかっていることに気付いた。
森田君は、雅樹と肩を組む。
「なぁ、雅樹。行こうぜ、先輩たっての頼みだしさ。そっちの用事はずらしてもらえばいいんだろ? なっ?」
「でもな……」
ああ、そうか……。
雅樹がすぐに返事をしないのって、それを悩んでいたんだ。
よく考えれば、先輩の申し出を受けるのが正解。
森田君が言うように、先輩の頼み、というのもある。
何より、僕とのデートはいつでもできるし、誕生日のお祝いって言っても、僕が強引に誘ったお誕生日会だもん。
雅樹……。
いいよ。悩まないで。
合コンに行ってきなよ。
別に、プレゼントだって、渡せないわけじゃないんだもん……。
ああ、でも……。
おかしいな、目の前が曇って見えないや。
僕は、涙が溢れ、頬を伝わっているのに気が付いた。
いっけない……。
慌てて手の甲で涙を拭う。
「すみません! 俺、やっぱり、行けないです!」
えっ! どうして?
僕は、驚いて雅樹を見る。
雅樹は、深々と頭を下げる。
「俺、友達と合う約束をしていて……そいつとの約束、破りたくないんです!」
雅樹は、声を張り上げる。
そして、続く言葉は、いつになく優しい声。
「そいつ、一生懸命で、真っすぐで、すごい泣き虫なくせに、いじりっぱりで……それでいて、俺のことしっかり見ていてくれて……だから、そいつは、俺の一番大事な奴なんです。俺、そいつがガッカリする顔を見たくないんです……」
そこまで言うと、雅樹は改めて先輩を見る。
「すみません! 先輩!」
僕は、心を揺さぶれて息ができずにいた。
僕の事をそんな風に思っていてくれたなんて……。
雅樹の言葉が頭の中でこだまする。
体中が優しくてポカポカとしたもので満たされていく。
雅樹。
嬉しいよ……僕なんかの事を。
熱いものが込み上げる。
だめ。ここで、泣いたら、雅樹にバレちゃう。
僕は、慌てて手で口を塞ぐ。
うっ、うっ……。
込み上げる嗚咽を必死に我慢する。
止めどなく流れる涙。
雅樹……。
ありがとう。
嬉しい……。
先輩と森田君は顔を見合わせる。
先輩は、短くため息をついた。
「はぁあ、しょうがねぇな。まぁ、そこまでお前に言われたらな……」
すぐに、森田君の手が挙げる。
「先輩! 俺、雅樹の代わりにいいやつ知ってます。そいつでどうでしょう?」
「おう、そうか! じゃあ、森田に頼もうかな」
「はい、任せてください!」
森田君は、自分の胸をドンと叩いた。
雅樹はテーブルに手をついた。
「本当に、すみません……」
先輩は、横に手を振る。
「いいって、いいって。その友達、いや親友かな? 大切にな」
「はい!」
雅樹は、森田君に言った。
「悪かったな、翔馬」
「何言っているんだよ! 気にするなよ、雅樹。てか、お前にそこまで言わせる奴ってどんな奴だろう。正直、妬けるぜ。ははは」
森田君は、雅樹の肩をポンポンと叩いた。
僕は、感涙にむせるのを必死に抑え、逃げるようにその場を立ち去った。
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