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1-05-3 雅樹の誕生日(3)
「おめでとう! 雅樹!」
「ありがとう、めぐむ」
僕達は、ショッピングモールの近く、とあるファミレスにやって来ていた。
今日は、雅樹のお誕生日のお祝いデート。
僕は、早速、プレゼントの包みを雅樹に渡す。
「おー、リストバンドか。いいじゃん! めぐむ、ありがとう、嬉しいよ!」
「良かった! 喜んでくれて!」
雅樹は、リストバンドを自分の手首にはめ、具合いを確かめている。
ふふふ。
気に入ってくれたようだ。
よかった……。
僕は、先日のドーナッツショップの件で、雅樹の心の奥をのぞいた気がした。
僕の事を本当に大事に思ってくれている。
そう、確信することができた。
もちろん、今までだって雅樹は、僕の事しか考えていない、とか、他に好きな人はいない、と言ってくれてはいた。
でも、僕の心のどこかでは、『僕なんかを雅樹が好きになるはずがない』と疑っていた。
だから、自分に自信を持つことができず、ちょっとした事で、心が揺らいでいたんだ。
森田君や昔の彼女への嫉妬がそうだ。
だけど、今は雅樹の言葉はすべて信じられる。
僕は、そんな事を考えながら、プレゼントに無邪気によろこぶ雅樹をうっとりと眺めていた。
食事を一通り済ませると、食後はドリンクバーに通いながら会話を楽しむ。
今日は、雅樹の誕生日のお祝いなんだ。
雅樹の事をもっと知りたい。
「ねぇ、雅樹、小さい頃ってどんな子だったの?」
「どんな子? か。難しいな」
雅樹は、頭をポリポリ掻く。
「そうだな。小学校の時は、毎日外で遊んでいたな」
「へぇ」
「運動は一通りできたけど、その他はからっきし。とくに勉強がな……宿題忘れの常習犯。ははは」
「でも、すごいね。運動できて」
「そうか? 俺は、勉強できたり、絵が上手かったり、字が上手だったり、そういう奴に憧れたな……」
「そうなんだ……僕は、運動できる人に憧れたけど」
「ははは。めぐむ。それは、めぐむが勉強できたからだろ? あと絵とか上手かった口だろ?」
「うん、確かにそれなりには……でも、雅樹。なんか、似ているね。僕達。自分にないものをもっている人に憧れるって」
「ああ、そうだな」
雅樹は、嬉しそうに微笑む。
「ねぇ、他には?」
「あと、野球が好きだった。リトルリーグにも入っていたよ」
「野球ね……」
うん。それは知っている。
雅樹は、野球帽が似合っていたよね。
「じゃあ、中学も野球?」
「ああ、中学は野球を続けたけどな……ちょっとケガしてな」
「えっ! ケガ? 大丈夫なの?」
「あっ、ああ……」
雅樹の返事に、歯切れの悪さを感じた。
きっと、聞かれたくない事情があるんだ。
だから、僕はそれ以上は触れないようにした。
「で、高校でバスケにしたのはさ、兄貴の勧めなんだ」
「お兄さんの?」
「ああ。『雅樹、お前はバスケに向いている。絶対にバスケをやれ!』ってさ」
「そうなんだ。お兄さん、元バスケ部だったもんね」
「そうそう」
雅樹は、楽しげに笑う。
「雅樹って、お兄さんの事、大好きなんだね」
「ああ、喧嘩もするけどな……あっ、そうだ。兄貴といえばさ、こんな事があったよ」
雅樹は、話し出す。
「俺が小学校3年か4年ぐらいの時かな……」
美映留市 の中心を大きな川が流れる。
川の名前は、豊門川 。
ある日、雅樹は、その川岸をたったひとりで上流を目指して歩いた。
「いったい何があるのか、どうしても知りたかったんだ。ほら、それくらいの年頃って冒険に憧れるだろう?」
一大決心。
おにぎりをリュックに詰めて、誰にも告げずに出発。
でも、歩けど歩けど一向に景色は変わらない。
それは、そうだ。
豊門川は、はるか彼方の他県から流れて来ているのだから。
そのうち、辺りは暗くなってくる。
「俺さ、これはやばい! って思ったよ。で、引き返すかどうか悩んだ」
「そっ、それで?」
「うん。きっと親に怒られるだろうなって思った。けど、もうちょっと頑張ってみようと思った」
それでも、やはり景色は変わらない。
もう、暗くなって前が見えなくなった。
いよいよ、ダメだ。
もう、進めない。
「そこで、やっと怖くなってさ。しゃがみ込んだんだ。泣きべそをかいてさ……」
一体この後どうなるのだろう。
僕は、手に汗を握って、雅樹の言葉を待った。
雅樹は話を続ける。
「その時、前からさ、明かりが見えたんだ。ああ、助かった!って思った。そして同時に驚いた」
まっ、まさか……ひとだま?
僕は、息を飲む。
「その明かりの正体は兄貴だったんだ。俺を迎えに来てくれたんだよ」
「どっ、どうして? 前から?」
「不思議だろ? 兄貴はこう言った」
『雅樹、お前は凄いな! 俺もお前ぐらいの頃、同じように河岸を歩いたんだよ。ただ、俺の時は怖くてもっと手前で引き返した。けど、お前はこんな所まで来たんだな。よく頑張った! 凄いよお前!』
「そして、俺の頭を優しく撫でるんだ。俺は、兄貴の胸でワンワン泣いたよ。怒られると思っていたけど、逆に褒められちゃって。でもな……」
雅樹は、遠い目をする。
「兄貴は俺の事『凄い』って言ったけど、凄いのは兄貴だと思った。俺の無鉄砲なチャレンジを見越した上で、陰で見守り、応援して、困ったら手を差し伸べる。カッコいいったらありゃしない。それから、俺は兄貴みたいになりたいって心に決めた。頑張っているやつを応援したい。それが出来る人間になりたいって」
僕は、心を打たれた。
言葉が出てこないまま、雅樹を見つめる。
とても、まぶしい。
「ははは。この話をしたのめぐむが初めて。なんか恥ずかしくて照れるな……」
雅樹のはにかむ笑顔をみて、雅樹の大事な部分に触れたんだ、と気が付いた。
雅樹の優しさの根幹はここなんだと……。
ああ、こんな人が僕の恋人なんだ。
嬉しいし誇らしい。
やばい。
ますます、雅樹を好きになっちゃうよ……。
何故か、涙が出てきた。
「雅樹、僕は雅樹を好きになって本当に良かった……」
「あれ? どうした、めぐむ。目を潤ませて。悲しい所なんてなかっただろう?」
「ううん。なんか感動しちゃった」
「ははは」
それからも、僕は雅樹の話を心地よく聞いていた。
しばらくして、雅樹が突然言った。
「あっ、そうだ。めぐむ、いい事思いついたんだけど」
「何?」
「マジックペン持ってない?」
「あると思うけど……」
僕は、カバンから筆箱を取り出す。
確かサインペンは入っていたはず。
あった、あった。
「めぐむ、このプレゼントのリストバンドに『M&M』って書いてくれない?」
「『M&M』?」
「うん。雅樹&めぐむ。どう? 良くない?」
「いい! うん。凄くいい」
「だろ?」
「はい、書いたよ」
僕はリストバンドを雅樹に手渡す。
「じゃあさ、ひとつはめぐむが着けてみて」
雅樹は、片方のリストバンドを僕の手に乗せた。
「僕が? でも、両手首につけるんでしょ?」
「うん。今だけ」
「分かった」
一体何をするつもりだろう?
「さあ、手を合わせよう」
「えっ?」
僕は、周りを見回す。
「平気、平気。誰も見てないよ」
「うん」
差し出された雅樹の手のひらに、そっと手を合わせる。
雅樹は僕の手をぎゅっと握った。
あれ?
これってもしかして……。
僕は、ハッと雅樹を見つめる。
「めぐむ、分かった? 指輪じゃ無いけど、腕輪って事で。ははは」
「ちょ、ちょっと、これって」
神様の前で誓うやつじゃ……。
「めぐむは、嫌か? せっかくだから今日の記念にさ」
「ぜんぜん嫌じゃないよ……嬉しい」
僕は緊張して雅樹の顔を伺う。
雅樹は目を閉じている。
何かをつぶやいているようだ。
僕もつぶやく。
雅樹とずっと一緒にいられますように……。
雅樹は、ゆっくりと目を開けると僕の顔を見てにっこりと微笑んだ。
「ねぇ、雅樹。何て言ったの?」
「えっ? うーん。恥ずかしいなぁ」
「言ってよ!」
「じゃあ……」
雅樹は、柄にもなく頬を赤らめる。
「ずっと、めぐむと一緒にいられますように。ははは。ちょっと、照れるな」
僕は、驚いて手を口元に持っていく。
僕と同じ……。
一緒。
ああ、胸がぽかぽかしてくる。
僕と雅樹は同じ気持ちでいる。
心が繋がっている。
僕は、雅樹に飛びつきたい気持ちを必至に抑えた。
帰る時間が来た。
ショッピングモールを出てバス停に向かう。
僕達は、自然と恋人繋ぎをしながら歩く。
この時間は、もう誰もいないことを知っている。
雅樹は、言った。
「なぁ、めぐむはさっき何て言ったんだ?」
「ぼっ、僕?」
「ああ。めぐむも言えよな!」
「えっと……どうしよっかな」
「ずるいぞ! めぐむ」
雅樹は、僕の腰あたりをギュッと掴む。
「あはは、くすぐったいよ! やめて! 言うから! ふふふ」
「よし!」
「同じ。雅樹と同じだよ。ずっと、雅樹と一緒にいられますように」
沈黙。
「そっか……」
雅樹は、そうつぶやくと、嬉しそうな、安心したような表情を浮かべた。
「なら、誓いのキスしようか?」
「うっ、うん」
僕は、すかさず背伸びして口を突き出す。
「ははは。めぐむ、誰か見ているかもしれないぞ!」
「そんなの平気だよ。ちゃんと確認したもん」
「さすが、めぐむ! エッチだな!」
「エッチだなんて……」
僕の口は雅樹の口で塞がれる。
ああ、本当に雅樹とずっと一緒にいたいな。
ねぇ、雅樹……。
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