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1-06 あじさいに包まれて

朝、目が覚めた。 ふあーあ、と大あくび。 そして、漏れ出る一言。 「はぁ、雅樹とキスしたいなぁ……」 学校へ行く支度を早々に済ませて家を出た。 空を見上げる。 「今日も、天気が悪いな……」 すっかり梅雨空。 天気予報によれば、天気はなんとか持つそうだ。 チェリー公園に着くと、珍しくシロの姿を発見。 「おはよー、シロ」 「にゃー」 僕がベンチに座ると、シロは横にちょこんと座った。 「僕の悩み聞いてよ。シロ」 「にゃー」 「僕さ、今キスしたくてしょうがないんだ。ねぇ、シロ。キスしていい?」 「にゃ!」 シロは、たじろぐ。 「ふふふ。逃がさないよ!」 僕はすかさず、シロの両脇を抱えて抱っこする。 シロはあからさまに、仰け反って拒否をする体勢。 「なんだよ。親友でしょ! 僕達!」 チュー! 僕は、半ば無理矢理、シロにキスをする。 ちゅ! ちゅ! ちゅ! 「にゃーーー!」 シロは、隙を見て僕の手から逃れる。 「にゃ!」 少し遠くから僕を見つめる。 「えっ? なに? 僕がキス魔だって? ふふふ。そうかもね」 「にゃー」 「分かった、分かったよ。僕が悪かった! ごめんね。でも、またキスしようね。ふふふ」 「にゃ!」 シロは、やだよ! と言うと、繁みに入っていった。 ふぅ。 キスぐらいいいじゃん。 はぁ。 雅樹とキスしたいな……。 午前の授業が始まる。 授業を聞きながら、ふと窓の外を眺める。 空は明らかに暗くなってきている。 ぽつり、ぽつり、と雨が降り出した。 ああ、これは天気予報が外れたな。 僕のどんよりした気持ちと同じ。 憂鬱な気持ちで前に向き直した。 お昼になった。 僕の救いは、もう雅樹の笑顔だけ。 ふと、雅樹の唇を見る。 ああ、愛おしい。 心のよりどころ。 ふふふ。 そう思っていると、スマホに着信があった。 雅樹からだ。 『めぐむ。また、じっと俺の方を見ているぞ!』 あっ。 しまった。 雅樹のお叱りだ。 急いで返信を書く。 『ごめん、ついうっかり……』 『ははは。なぁ、今日、一緒に帰らないか? 雨で部活が早く終わりそうなんだ』 僕は、目を見開く。 喜びが沸き上がる。 『うん!』 やった! ああ、どんよりとした天気ナイス! 放課後。 雅樹は部活のミーティングがあるので、少し遅れて来るのこと。 僕は時間をつぶすには絶好の場所を知っている。 図書室だ。 図書室に入ると、カウンター越しに先輩から声をかけられた。 「あれ? 青山君、今日当番じゃないよね?」 「はい。ちょっと、寄っただけです」 「へぇ。ああ、そうだ。青山君が読みたがってた新刊入っていたよ」 「本当ですか?」 僕は、そそくさと、新刊の本棚に向かう。 席について、本を開くけど、なんだかちっとも頭に入ってこない。 頭に浮かぶのは、雅樹の唇。 はぁ。 シロじゃないけど、僕はキスで頭がおかしくなったのかもしれない。 唇を重ねた時の甘くて切ない感じ。 僕は自分の唇を指で撫でる。 はぁ。 今日、帰りに雅樹にねだってみようかな。 でも、嫌われちゃうかもしれないし……。 はっとする。 時計を見ると、もうすぐ約束の時間。 僕は、席を立って出口へ向かった。 昇降口に着く。 靴を履き替えていると、ちょうど雅樹がやってきた。 周りを見回す。 もう、こんな時間だ。人は、まばら。 雅樹と二人っきりでも大丈夫そう。 「めぐむ、お待たせ!」 「行こう! 雅樹」 「って、もしかして、雅樹。傘を忘れたから、僕と帰ろうっていったの?」 僕は、頬を膨らませて言う。 「ははは。ごめん、半分は当たり。でも、半分はめぐむと帰りたかったんだよ。まじで」 「なにそれ!」 でも、僕は、そんなに怒っていない。 だって、お陰で相合傘なんだもん。 雅樹が僕の傘をさして、僕が雅樹に寄り添う。 近い。 歩く度に雅樹に触れる。 時折、雅樹が言うセリフ。 「ほら、濡れるだろ、もっと近くにこいよ!」 ああ、キュンっとくる。 それなのに、男同士でもおかしくないという神シチュエーション。 ああ、もう毎日雨でもいい! 雅樹が、言った。 「ああ、そうだ。せっかくだから、寄り道しよう」 「寄り道?」 「うん。とっておきの場所があるんだ」 「へぇ。行きたい!」 僕達は、通学路から逸れて、住宅地に入った。 目の前に、長い階段が現れた。 神社の参道に有りそうなくらい急峻な階段。 「えっ。ここ、上るの?」 「ああ、この上にあるんだよ。部活でよく走り込みするんだ」 「へぇ」 ちょっと後悔する。 まあ、せっかくここまで来たんだ。 上るしかない。 僕は、息を切らせて足を運ぶ。 雅樹は僕が雨に濡れないように気を遣ってくれている。 「ごめんね、雅樹。はぁ、はぁ」 「いやぁ。ほら、もう少し! 頑張れ! めぐむ」 「うん。はぁ、はぁ」 ようやく登り切った。 そこは、目の前が開け、公園になっていた。 『あじさい公園』 そう、看板が掲げられている。 僕は、周りを見渡す。 あじさいの花が、一面に咲き誇っている。 「ああ、綺麗……」 僕は、思わす声を漏らす。 疲れが、一機に吹っ飛ぶ。 「だろ? ここ、めぐむに見せたかったんだ」 雅樹は、得意げな顔をした。 公園というより庭園。 小道が張り巡らされている。 僕達は、ゆっくりと小道を進む。 「すごく、いいね! ここ」 幻想的だ。 淡いピンクと水色のパステルカラーの世界。 あじさいの黄緑の葉が雨で揺れる。 楽しそうに踊っているよう。 植物だって、感情があるんだ。 そんな風に感じちゃう。 雅樹が六角形の洋風建築を指さす。 「そこの東屋のベンチで座ろう」 「うん」 「すっかり、濡れちゃったね。ごめん」 反対側の雅樹の肩がびちょびちょになっていた。 僕は、慌ててハンカチで拭う。 「いいって。それより、座りなよ」 「うん」 僕達は、ベンチに腰掛けた。 屋根に落ちる雨音。 それ以外は、何も聞こえない。 二人だけの空間。 雅樹は、言った。 「なぁ、めぐむ」 「なに?」 「今日、俺の唇ばかり見てたな」 「えっ?」 ばっ、ばれている。 バサっ。 持っていた傘が手から滑り落ちる。 はぁ、はぁ。 「本当はキスして欲しいんじゃないのか?」 うっ。 当たり。 大当たり。 でも、ここで、うん、って言うと負けた気がする。 「そっ、そんなことないけど……」 雅樹は、ふーん、と余裕の表情。 「じゃあ、キスしてやらない!」 うそっ! やだよ。 キスしてほしいよ。 「まっ、雅樹がキスしたいならしてもいいよ!」 雅樹は、ちらっと僕の顔を見る。 そして、直ぐにそっぽを向く。 そんなぁ……。 「キスしたい! キスしてお願い!」 はぁ、はぁ。 「ぷっ、何必死になっているんだよ、冗談だって! ははは」 雅樹は、笑い出す。 「だってぇ……」 涙が出てきた。 もう! 雅樹は、一転して優しい笑顔。 「ほら、こっちへ来いよ」 「うん」 「ほら目を閉じて」 「うん」 僕は唇をさり気無く突き出す。 あまり、がっついてない感じが大事。 唇に何かがふれる。 ああ、雅樹の唇……、じゃない! 目を開けると、そこには、雅樹に人差し指。 「もう! 恥ずかしいなぁ!」 「ははは」 僕は、楽しそうに笑う雅樹の腕にパンチをする。 「もう! 雅樹の意地悪!」 そう、言いかけた瞬間……。 えっ? 突然、目の前に雅樹の顔があった。 そして、僕に唇は、雅樹の唇で塞がれる。 ああ。 雅樹とのキス。 一瞬のようで永遠のようなひと時。 唇がそっと離れる。 はぁ。 吐息が漏れる。 余韻に浸りながら、僕は雅樹につぶやく。 「嬉しい、ずっとキスしたかったんだ」 「満足した?」 「うっ、うん」 雅樹の胸に寄りかかる。 幸せ。 ドクン、ドクンと心臓の音が聞こえる。 僕、それとも雅樹? 両方かな。 それでいて、なんて落ち着くんだろう。 こんな雨だ、もう誰も来ない。 だから、ずっと、こうしていたい……。 雅樹は、僕の両肩をそっと抱いた。 そして、耳元で囁いた。 「俺は、これだけじゃ満足しないけどな」 「えっ?」 雅樹は、突然、僕の体を強く抱き締めると、少し乱暴に唇を合わせた。 そして、舌で僕の口をこじ開ける。 はぁ……。 僕の中に雅樹の舌が入ってくる。 雅樹、激しいよ……。 ああ、雅樹に襲われちゃうんだ、僕。 こんなに激しく求められて……。 でも、体は拒んでいない。 むしろ、求めている。 ほら、僕の腕は雅樹の体をギュッと抱きしめているじゃないか……。 僕は、自然と舌を伸ばして迎え入れる。 舌同士が絡みあう。 互いの舌が、淫靡な音を鳴らし、唾液が口から溢れ出す。 雅樹は、僕の口に激しく吸い付いつく。 「んっ、んっ、んっ」 あぁ。 気持ちいい。 気持ちよくて、気が遠くなる。 体の力が、ふっと抜ける。 なんだろ。これ。 海の中? ゆらりゆらり、体がたゆたう。 気持ちいい。 雅樹も来てたんだ。 クスっ。 雅樹も裸なんだね。 大好き。雅樹。 ずっと手を離さないでね……。 「ぷはっ」 口が離れて、二人の唾液が糸を引く。 「はぁ、はぁ。激しいよ、雅樹……」 「どう? 気持ちいい? はぁ、はぁ」 気持ちいいに決まっている。 でも、口に出すのは、恥ずかしい。 小さくつぶやく。 「うん……」 雅樹は、僕の耳にふぅっと息を吹きかける。 「あっ、あん……」 「めぐむ、聞こえないよ。どうなの?」 もう! 雅樹は意地悪なんだから! 僕は開き直って答える。 「とっても、気持ちいい!」 「ははは、素直でよろしい。じゃあ、もう一度しようか!」 二度目のキスの後はもう雨は上がっていた。 眼下に見える街並みは、雲間から差し込んだ夕日に照らされてキラキラと輝いている。 その上には大きな虹が薄っすらと架かって見えた。

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