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1-07-1 好きな人(1)
「ねぇ、めぐむ。昨日の動画見た?」
ジュンが僕に話しかけた。
僕は、お弁当食べる箸を休めて答える。
「ううん。まだ」
最近、SNSで流行っているグループの動画。
お昼の度に話題に上がる。
「すごく面白かったよ。あはは。今思い出しても笑える」
「そんなに? 昨日、すぐに寝ちゃって。あぁ、ネタ言わないでよね、ジュン」
「えーっ。どうしよっかな」
「もう、意地悪だな、ジュンは」
「えへへ、冗談、冗談」
そう言って、ジュンはころころと笑う。
ジュンこと、相沢 純 は、雅樹を抜かせばクラスで一番の仲良し。
僕とジュンは、よく背格好や雰囲気が似ていると言われる。
小柄だし、色白ですこしひ弱な感じ。
顔立ちは、少年のあどけなさが残っていて、男の僕から見ても可愛いと思う。
でも、残念ながら『可愛い』は、男の誉め言葉にはならない。
年上からならいざ知らず、同学年の女子からはちょっとモテそうもない。
それは僕も同じ。
だから、「お互い残念な者同士だね」と、言い合って笑う。
けど、性格はだいぶ違う。
ジュンは、陽気でさっぱりとした性格でとっても素直。
僕に無いものを持っている。
羨ましい。
でも、ジュンに言わせれば、僕はまっすぐな性格だそうで、それが羨ましいって言う。
そして、「めぐむは、目的のためには手段を選ばないタイプだね。ある意味」と評した。
うーん。
そうなのかな。
そんな冷酷でクールな感じじゃないのだけれど……。
自分じゃわからないし、疑問は残るけど、とりあえず、僕とジュンの相性はとってもいい。
それと、ジュンについて忘れてはいけないのは、『オカルト研究会』という、ちょっと怪しそうな部活に所属しているということ。
このオカルト研究会は、美映留高校では伝統があるらしく、生徒だけでなく先生方からも一目置かれている存在。
噂によると、初代の顧問は校長だったとか。
その点は、地味な図書委員の僕とは大いに違う。
僕はそんなジュンと話すのがすごく楽しい。
そう、いつから仲良くなったのかというと、それは高校へ入学して新しい学校生活にすこし慣れた頃だった。
体育の時間。
授業は準備体操から始まる。
一部の生徒達のヒソヒソ話。
「おい、またやっているぞ」
「かわいそうに」
ざわざわ。
生徒達がちらちら見る先。
そこには、体育教師の佐久原 先生が、ある男子生徒に個人指導をしている姿。
「さぁ、もっと体を倒して。ほら、先生が支えているから」
「やめてください」
「何をいっているんだ。ほら、もっと」
指導という名のセクハラ。
先生の手つきはいやらしく、ジャージの上から執拗に撫でる。
お尻や足、胸。そして、あそこだって偶然を装い平気で触る。
見ていて、気持ち悪い。
佐久原先生は、今年からこの美映留高校に赴任してきたばかりの男性教諭。
まだ若く、大学を出たばかりのようだ。
見た目はハンサムで筋肉質。
当初、なかなかの美男子という女子達からの評判だったが、本当は男の体が好きらしい、という噂が立った。
それは本当だとすぐに判明する。
柔軟体操をしていると、何かと、体を触ってくるのだ。
僕にもそういうことが何回かあり、体育の時間が憂鬱で仕方ない。
とくにひ弱そうな男子を狙ってくる。
単に、そういう体目当てなのか、それとも拒否できそうもない子ということで狙うのか、その両方なのか。
とにかく、卑怯で狡猾だ。
そして、非常に残念なことは、僕は先生のお気に入りリストに入ってしまっているらしい、ということ。
準備体操が終わると、先生は手を叩いた。
「よーし、じゃあ柔軟。みんなペアになれ!」
僕は、最近それとなくペアになっていた子を探した。
でも、今日はすでに他の子と組んでしまっている。
まずい。
僕はキョロキョロする。
だんだん一人の子がいなくなる。
焦る。
先生は、そんな僕を見つけて僕の方へ一直線で向かってくる。
「おっ、青山。一人か? よし今日は先生とペアだな」
「そっ、そんな……」
僕は恐怖で顔を引きつらせる。
そこへ、後ろから声が聞こえた。
「おまたせ!」
僕は振り向いた。
「えっと、君は……」
確か、同じクラスの……。
顔は見たことはある。けど、名前はパッとは出なかった。
「ちっ!」
先生はあからさまに舌打ちをすると、別の獲物を探しに離れた。
「ふぅ。助かった。ありがとう!」
僕は助けてくれた子にお礼をいった。
「いいえ、どういたしまして。ボクだって、危なかったからさ!」
はにかむ笑顔。
似た者同士通じるところがある。
そう思って僕は声をかけた。
「ねぇ、君。今度から体育の時は一緒に組もうよ!」
「いいよ」
「やった。そうしてくれる嬉しい。僕の名前は、青山 恵。めぐむって呼んで」
「よろしく、ボクは、相沢 純。じゃあ、ジュンって呼んでよ」
そうやってジュンとは友達になった。
それからというもの、体育の時間はお互いを助け合い、友情を育んだ。
その後、お昼のご飯友達になるまでには、そう時間はかからなかった。
ジュンとの思い出話はもうしばらく続く。
そして、ひと月ぐらい経ったある日。
いつものようにお昼を一緒に取っていると、ジュンは思い詰めた顔で話を切り出した。
「ねぇ、めぐむ。聞いてほしいことがあるんだ」
「どうしたの? ジュン。改まって」
「うん。じつは悩んでいて、どうしてもめぐむに聞いてほしい」
「わかった」
最近では、ジュンとはプライベートの話もだいぶするようになっている。
でも、改めて相談を受けるとなると、やっぱり緊張する。
なんだろう。
ジュンは口を開いた。
「実は好きな人がいるんだ」
驚いた。
まさか、恋の相談とは。
「えっ。だれだれ? 同じクラスの子?」
僕は見回して、教室にいる女子を見る。
「同じクラスと言えばそうだけど……」
「うんうん」
僕はジュンを促す。
ジュンは、いったん言葉を飲み込んだ。
そして、小さい声で言った。
「片桐先生」
「えーっ! ほんと?」
僕は思わず声を上げた。
「ちょっと、めぐむ。声が大きい!」
「あっ、ごめん……」
片桐先生は、僕達の担任。
教科は、数学。
驚いたのは理由がある。
片桐先生は、男の先生なのだ。
年齢は30才台ぐらい。
しかも、妻子がいる。
細見で長身。
美形だけど、いつもむすっとしていて感情をあまり表情にださない。
物静かなイメージ。
授業も淡々とすすめていく。
そんなクールな雰囲気も、既婚じゃなければ、女子生徒から人気が出たかもしれない。
ジュンは続けた。
「実はずっと悩んでいたんだ。でも、めぐむに話せて、気持ちが楽になった」
ジュンは満面の笑顔になる。
恋する顔だ。
まぶしい。
「そっか……」
僕はどうコメントしたらいいか、ちょっと戸惑っていた。
それを察したのか、ジュンは僕に質問した。
「めぐむ、驚いた? 男が男を好きになって。気持ち悪いと思った?」
「ううん。ぜんぜん」
僕は即答する。
「ありがとう。それを聞いて安心した」
そうだよね。
せっかく友達になったんだもん。
そんなことで、友達を失っちゃうなんて悲しい。
でも、そんなリスクを冒してでも僕に告白したジュンは勇気がある。
すごいな。ジュンは。
ジュンはホッとして余裕が出たのか、僕に話を振った。
「めぐむは、好きな人いないの?」
「僕?」
急なことで焦る。
雅樹のことを話してしまおうか。
でも、雅樹との約束。
まだ話せない。
でも、こんなジュンの秘密を知ったのだから、僕もなんらかの秘密を打ち明けないとフェアじゃない。
そんな気がした。
「いまは、特にいないんだ。その代わりと言ってはなんだけど、僕の初恋の話。聞いてくれる?」
「うん、話してよ。めぐむの初恋かぁ。楽しみだな」
ジュンは興味津々だ。
それで、僕は初恋の話をすることになった。
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