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1-12-3 年下の男の子(3)

ストロベリー公園の砂場では、ユータとふうかちゃんの大作が完成しようとしていた。 大きな砂山に、大トンネル。 ちょうど今まさに開通したようだ。 喜びのハイタッチが聞こえる。 ふふふ。 二人の笑顔を見ると、こっちまで嬉しくなってくる。 僕は、久遠さんに言った。 「それにしても、ふうかちゃんって可愛いですよね。ユータも可愛いですけど、やっぱり女の子は可愛いなぁ」 「ははは。やっぱり、フーカは女の子に見えちゃいますか? フーカは男の子なんですよ」 「えっ?」 僕は、驚いて久遠さんを見つめる。 真剣な眼差し。 冗談ではなさそうだ。 「すっ、すみません。あまりにも可愛かったもので……」 「ははは。いいんですよ。名前もフーカなので、よく女の子と間違われるんです。だから、半分は僕のせいでもあるんです」 「でも、男の子だって、可愛いことには変わりないですから。そうか、ふうかちゃんじゃなくて、フーカ君か」 そっか。 フーカ君。 なんだか、男の子と聞いた途端、妙に親近感生まれた。 そう言われてみれば、僕もフーカ君のようだったのかもしれない。 僕みたいに、『女の子みたい』っていうのがコンプレックスにならないといいなぁ、と密かに思った。 ふと、時計を見た。 まだ、お昼には時間はある。 でも、両親からは、ユータのお昼を任せられている。 食材を買ってお昼の支度をするとなると、そろそろ引き上げた方がよさそうだ。 僕は、久遠さんに声をかける。 「久遠さん、僕達はそろそろ帰らないといけません。お先に失礼します」 「そうですか。今日は、お会いできてよかったです、めぐむさん。では、また」 久遠さんは、お辞儀をする。 「ええ。僕も久遠さんとお会いできてよかったです。では、また」 僕もお辞儀を返す。 では、また。か……。 『また』は、あるのだろうか。 そんなことを思いながら、僕は砂場の方に足を向ける。 「ユータ! そろそろ帰るよ!」 家に帰る途中で、駅前のスーパーに立ち寄った。 「ユータ、何食べたい?」 「なんでもいいの?」 「お兄ちゃんが出来るものならね!」 僕は、偉そうに胸をはる。 「じゃあ、お寿司がいいな!」 「ぶっ! 幼稚園生のくせに生意気な! よし、カレーにしよう。いいね、カレーで!」 「ちぇ、なんだよ。カレーしかできないなら最初からそう言ってよ。期待しちゃったよ」 僕は、いーっという顔をしてユータを睨む。 ははは。 なんだかんだいっても、僕は、ユータと同レベルだな。 久遠さんみたいな大人の人とは雲泥の差。 僕はまだまだこっち側の人間なんだ。 そんな事を思いながら、野菜コーナーに足を進めた。 家に着くと早々にカレーを作り始めた。 野菜をカットしてお肉を炒めて、ぐつぐつ煮込む。 ルウを溶かし、あとは弱火で煮込むだけ。 僕は、エプロンをしたまま、リビングに入った。 ユータは、ソファでごろっとしながらテレビを見ている。 ユータは、僕の顔をみると突然言った。 「ねぇ、めぐむ兄ちゃん、まさきって誰?」 「えっ?」 心臓が、バクバク打ち始める。 「ユータ、どうしてその名前知っているの?」 「だって、昨日の夜、寝ている時にお兄ちゃんが言っていたから……」 「お兄ちゃん、そんな事言ったかな?」 「言ったよ。僕がお兄ちゃんのおっぱいを吸っている時に」 おっぱいを? 吸っている? 時? サーっと血の気が引く。 「もっ、もしかして、起きていたの?」 「それはそうだよ。だって、寝れない時におっぱい吸うと落ち着くんだ。そうすると寝れるの」 「そっ、そうすると、そのとき、まさきって聞こえたのね?」 「うん、そうだよ」 はぁ、はぁ。 やばい。 子供の見ているまえで、オナニーをしてしまった。 これはさすがにやばい。 しかも、雅樹の名前を聞かれてしまうとは……。 きっと、いくタイミングで思わず口走ってしまったんだ。 何という不覚……。 汗がどっと噴き出す。 僕は、そっと、ユータに問いかける。 「他に、お兄ちゃん、何か言ってた? というか何かしているのを見た?」 「うーん、何か唸っていたみたい。でも、忘れちゃった。すぐに寝ちゃったから」 ユータは、そう言うと、もう興味を失ったのか、プイっとテレビの方を向いた。 ほっ。 危なかった。 僕は、エプロンの端で汗を拭いた。 一応、セーフ、だよね? 「雅樹はね、お兄ちゃんの大事なお友達なんだ」 「へぇ」 「さぁ、カレー食べようか!」 ユータは、とびっきりの笑顔になる。 「うん! 食べよう! 僕もうお腹ペコペコなんだ!」 ユータは、子供の割にはたくさん食べた。 お替りをしてくれたのには、正直とても嬉しかった。 ああ、これこそまさしく主婦の喜び。 ユータは、すべて食べ終わると、グラスの牛乳を一機に飲み干した。 「ぷはっ!」 いっちょ前にそんな声を上げる。 僕は、ユータの口の周りを拭いてあげながら言った。 「どうだった? お兄ちゃんのカレー。辛かったかな?」 「ううん、美味しかった!」 「良かった!」 僕は、思わず両手を叩く。 「僕、めぐむ兄ちゃんをお嫁さんに貰ってもいいよ!」 「何、生意気言ってるの! しかも、お兄ちゃんは男の子だから!」 ユータの鼻をぎゅっと掴む。 「痛い、痛いよ! 冗談だよ!」 「全く、ませているんだから!」 その言葉とは裏腹に、僕はユータの頭を、いい子、いい子するように撫でた。 午後は、特に何をするでもなく、のんびりしようってことになった。 ユータは、お昼寝をして、しばらくゲームで遊んでいた。 僕は、この間に宿題でもやろうかと机に向かう。 ユータは、ふと、ゲームをする手を休めてつぶやく。 「あー、早く明日にならないかな。早くフーカに会いたいな」 明日は幼稚園があるから、フーカ君に会えるのだ。 僕は、机を離れてユータの前に座り込む。 なに? といったユータの顔。 僕は、ニヤニヤしながら言った。 「ねぇ、ユータ、もしかして好きな子ってフーカ君でしょ?」 「えっ? いっ、いいでしょ! そんな事!」 「図星だ!」 「ずぼしって?」 「あたりってこと!」 「ちっ、違うよ!」 ユータは、そっぽを向く。 クスクス。 顔を真っ赤にして照れちゃって。 可愛いんだから。 僕は、ユータのぽっぺをツンツンと突く。 ユータは、「やめてよ!」と、僕の指をはねのける。 「それより、めぐむ兄ちゃんはさ、フーカのパパの事をカッコいいって思ったんでしょう?」 「えっ!」 ドキっとして目を見開く。 「ふふふ、それ、図星って奴だ! あはは」 「ぷっ、一本取られたかな」 大笑いするユータに、照れ隠しに腰のあたりをこちょこちょする。 ユータは、キャッキャ笑うと、はぁ、はぁ、もうダメとお腹を抱えた。 ユータは、寝転びながら息絶え絶えになっていたが、しばらくして、やっと落ち着きを取り戻す。 ユータは言った。 「うんとね、ママが、フーカのパパはカッコいい! って言っていたんだ。あっ、でもこれ内緒だった!」 「ふふふ。大丈夫だよ。お兄ちゃん秘密にするからさ」 僕は、ユータにウインクしてみせる。 なるほどね。 ユータにカマをかけられたって事か。 本当に、生意気なんだから!クスッ。 夜になると、叔母さんがユータを迎えに来た。 「はい、めぐむ君。これお土産ね」 「すみません。頂きます」 お菓子の箱。 わざわざ、買ってきてくれたようだ。 僕は、お菓子の箱をお母さんに渡すと、リビングでくつろいでいたユータに声をかける。 ユータは、嬉しそうな顔をして「ママ!」と声を上げて、叔母さんに飛びついた。 「あらあら、甘えん坊なんだから、ユータは」 叔母さんは、抱きつくユータの頭を撫でてあげている。 ふふふ。 なんだかんだいっても、幼稚園生だもんね。 ママに会えなくて寂しかったんだ。 「いい子にしてた? ユータ」 「もちろんだよ。ママ!」 僕は、ほのぼのとその光景を見守る。 ユータは叔母さんに抱きつきながら、チラッと僕の顔を見た。 不敵な笑み。 ぶっ! なんだよ、ユータは演技しているの? ほのぼのして損した。 「ありがとね。めぐむ君」 突然、叔母さんにふられてビクッとした。 「いっ、いいえ。ユータ君、いい子でしたから」 「本当? ならいいけど」 焦った。 ユータは、そんな僕を見て、ニヤニヤした。 帰り際、僕はユータを呼び止めしゃがんで話しかける。 「また、おいで。ユータ」 「うん。ところで、めぐむ兄ちゃん。今度、恋人の事教えてよ! まさきって人があやしいけど!」 「ユータこそ、好きな子の事、白状しなさいよ! フーカ君だと思うけど!」 僕達は、ニコッと笑う。 そして、僕とユータは、パチン!とハイタッチをした。 「またね!」 そう言って、僕とユータは互いに手を振った。

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