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1-14 保健室の先生

夏休みが明けたある日の放課後、僕は保健室に呼び出された。 美映留高校の保健の先生は、珍しく男性。 そして、これまた珍しく、学年副担任を務めている。 名前は、山城 波瑠(やましろ はる)。 年齢は20代後半から30代前半ぐらい。 無精ひげを生やし、一見、先生には見えない。 白衣が辛うじて先生っぽく見せている。 体格は、背が高くて肩幅があって、それでいて筋肉質。 大学の時にはなにかの運動をやっていたようだ。 付け加えて、人当たりのよく、話が面白い。 優しい、お兄さん的な存在。 病気やケガが無くても、こまったことがあったら、保健室に駆け込む。 そして、山城先生にすがるのだ。 まさに、保健室が美映留高校の駆け込み寺といっても差し支えない。 その山城先生からの呼び出し。 僕は緊張して保健室に向かった。 「失礼します……」 ノックをして保健室に入った。 「おぉ、青山。来たか。こっちだ」 奥のデスクから声が聞こえてきた。 山城先生だ。 保健室には先生以外には誰もいないようだ。 「さぁ、そこに座って」 僕は進められた丸椅子に座る。 「ほら、菓子でも食うか? ちと待ってな、今、茶いれるから」 山城先生は、僕にお菓子の箱を差し出すと、席を立った。 僕は受け取ったお菓子の箱から一袋取り出す。 地方の名物のお菓子だ。 誰かのお土産なのだろう。 僕は袋を開け、柔らかいスポンジ状のお菓子を口に入れた。 美味しい。 そこへ、山城先生がお茶をお盆に乗せてやってきた。 「ほら、飲みな」 「ありがとうございます」 僕は素直にいただく。 ずずっと口を付けた。 「わりいぃな。呼び出して」 「いいえ」 「実はな。ちょっと聞きたいことがあってな……」 一体なんのことかと思ったら、体育教師の佐久原先生のことだった。 「今な、その、被害にあったんじゃないか、という生徒に話を聞いているんだよ」 どうやら、佐久原先生の男子生徒へのセクハラが明るみに出たようだ。 山城先生が言うには、いま佐久原先生は出勤停止で謹慎中とのこと。 「で、青山はどうだ? なにかされたか?」 「えっと、その……」 「聞いておいてなんだか、言いにくかったら、無理に言わなくていいぞ」 僕は山城先生を見た。 にっこりと微笑んでいる。 「まぁな、思い出すのもいやだろうだからな」 僕は先生の方をまっすぐに見る。 「大丈夫です」 「そっか」 僕は話し出す。 「体育の時は、必ずといっていいほど、触られます」 「うん」 「そして、たまに体操服の中に手を入れてきます」 思い出しただけでゾッとする。 「そいつは、嫌な思いをしたな……」 「普通の体育のときは、まだいいんです。プールの時とかは、その、体中を……」 山城先生は手を挙げて制する。 「そっか、もういいぞ」 「もう、いいんですか?」 「大体わかったからな。おお、それはそうと、他に、なにか困ったこととかないか?」 「えっ?」 「なんでもいいぞ?」 「いえ、とくには……」 「そっか」 そう言うと、山城先生は席を立った。 もう終わりらしい。 「何かあったら、相談にのるからな。今日はありがとな。じゃ。行っていいぞ」 「はい」 僕は、席を立つとお辞儀をして教室へ戻った。 山城先生のことは知ってはいたけど、まともに話したのは今回が初めて。 生徒に人気だとは聞いてはいたけど、なるほど、噂通り話しやすく接しやすかった。 そんな、印象も含めて雅樹に話した。 「ねぇ、雅樹。聞いている?」 「あぁ」 なんだか、雅樹は不機嫌だ。 ここはいつものショッピングモール。 フードコートでハンバーガーを食べている。 「それって、やっとあのセクハラ佐久原がクビなるってことだな」 「うん。そうだといいな」 「でも、山城先生って、裏がありそうだな。佐久原を追い出した後、今度は自分が。ってなるんじゃないのか?」 「えーっ。それはないと思うよ」 「そんなのわかるか……」 雅樹は、プールで僕の体が佐久原先生に弄ばれたことによほど腹を立ている。 だから、『先生』に対して疑念をもっているのだ。 一方、僕はというと、山城先生に対してはかなりの好印象だ。 「触られるほうにも原因があるんじゃないか」 なんて、平気で言いそうな先生もこれまでよく見てきた。 だから、弱い側の気持ち、生徒の気持ちを汲んでくれるのは、新鮮だった。 「いいか、めぐむ。先生をあまり信じるなよ」 僕は雅樹を見る。 「あれー? 雅樹、もしかして嫉妬している?」 「なにが?」 「だって、僕が山城先生を褒めるもんだから」 「なっ、何言ってるんだよ。そんなこと、あるわけないだろ」 「ムキになっちゃって。かわいい。ふふふ」 僕はそう言うと、雅樹のほっぺをツンツン突っついた。 数日後、担任の片桐先生から、佐久原先生が退職されたとの話があった。 生徒からは、やっぱりな、とか、せいせいした、とか声が上がった。 僕も、ほっとした。 ジュンも、僕に目くばせをする。 ジュンもホッとしているようだ。 これで、体育の授業がすこしはマシになる。 もちろん、体育の授業は嫌いなのには変わらないんだけど……。 しばらくして、改めて、山城先生から呼び出しがあった。 保健室に入ると、数人の女子が先生を取り囲んで楽しそうに話をしていた。 山城先生は、僕に気づくと、手を叩いた。 「ほら、ほら、そろそろ教室にもどれ」 「えーっ。先生、もう少しお話しようよー」 女子達は、名残惜しそうにしていたが、僕の姿を見ると、 「じゃあねー」「またね」 と言って、素直に保健室を出ていった。 「青山、呼び出してすまないな」 「いいえ」 「佐久原先生のことは聞いたか?」 「はい」 「本当はちゃんと本人と学校側から謝罪しないといけないんだが。頭の固い連中が多くてな。おっと、これは秘密な」 僕は黙って聞いている。 「代わりに俺から謝罪させてくれ。すまない、青山」 「えっ? どうして先生が謝るんですか?」 「まぁ、せめてもの慰めになればと思ってな」 「山城先生がそこまでしなくていいと思います」 「まぁまぁ。そうだけど、気づけなかった俺にも反省点があるからさ」 へぇ。 先生ってすごく真面目なんだ。 「今後はこういったことは無いようにするから。何かあったら、早めに俺に知らせてほしい。いいな」 「はい。分かりました」 「話は以上だ。帰っていいぞ」 僕はお辞儀をして保健室を出た。 なるほど。 山城先生ってこういう人か。 ますます、好感度が上がった。 「山城先生って、生徒に媚びを売って人気者になろうとしているだけなんだよ」 雅樹は、顔をしかめた。 「そっかなぁ。僕は親しみやすくて、生徒思いで、理想的な先生だと思うな」 「ちょっと顔がいいからって……」 雅樹はぶつぶつ言っている。 「でも、噂に聞いたところだと、山城先生が佐久原先生を糾弾したらしいよ。事を荒立てたくない人達の反対を押し切って」 「まぁな、それは確かに認めてやってもいいけど……」 「僕はもうあの佐久原先生のいやらしい目つきを見なくていいと思ったら、すごく安心したよ」 「まぁな……」 雅樹は、しばらく考え込んでいた。 そして、僕の真っすぐ見て言った。 「めぐむ。もしかして、山城先生の事、好きになったのか?」 沈黙。 「わからない。もしかして、いいと思っちゃったかも……」 「め、めぐむ! 本当か?」 僕は目をそらし、そしてうつむいて頷く。 雅樹の緊張が伝わる……。 クスッ。 雅樹は本当に山城先生に嫉妬しているんだ。 嬉しい。 でも、意地悪はこれぐらいにしておいてあげよう。 僕は顔を上げで微笑む。 「うそ!」 雅樹の目が大きくなる。 「めぐむ! からかうなよな!」 「ごめん。ふふふ」 「まったく……」 「だって、僕は嬉しいんだ。雅樹が僕のことを気にしてくれて」 「そっ、そりゃ、そうだろ。付き合っているんだから……」 雅樹は少し動揺している。 「それは、『めぐむのことが好き』だからでしょ? ふふふ」 「あぁ、そうそう。大好き。めぐむのことが大好きだ。これでいいか?」 雅樹は棒読みで答える。 クスッ。 かわいい。 照れ隠ししちゃって。 キュンとしちゃうよ。 膨れっ面の雅樹と目が合う。 ぷっ。 おかしくなって、二人で笑い出した。 ああ、雅樹のホッとした笑顔も凄くかわいい!

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